169.新たな選択

(…ま、俺達には関係ないか。気の毒な話ではあるが、場所にこだわらなければ死にはしないだろ)



 それこそマーティンに拠点を移せば、任務なんて溢れるくらいにある。現状のこの街の緊迫した状況を考慮するなら、危険度も大して変わらない。


 そんなことを考えている間に、受付の人が報酬金の入った袋を持って戻って来た。



「はい、こちらが報酬になります。管理には十分お気を付けくださいね?」

「ええ、勿論です。確かに受け取りました」



 基本的には硬貨をそのまま渡されるが、報酬額が大きくなるとこうやって袋に入れて貰える。まぁ、軍人ならそれを分かってるから、どちらにせよ狙われるときは狙われるんだけどな。



「それじゃ、私達も向かう?」

「ああ、そうしよう」



 事前に話は通っているのか、それとも顔を覚えられたか。特に何か言われることもなく奥の通路へと足を進めた俺達は、そのまま総司令室へと向かう。


 菊川さんから、忙しい身だからすぐに会えるかは分からないと事前に聞いていたが、二人が戻ってきていないということは、多少時間を作ってくれたんだろう。俺は総司令室の扉をコンコンと叩く。


 

「はい」

「天崎です」

「ああ、分かりました。少し待って下さい」



 扉を開けてくれたのは菊川さんだ。別にわざわざ開けて貰わなくても大丈夫なんだけどな。



「はいどうぞ、入ってください」

「ありがとうございます」



 すれ違いざま、菊川さんとアイコンタクトを取る…ああなるほど、それで様子を見に来たわけか。



「…どうやらそのようですね。失礼いたしました」

「「??」」



 唐突な会話に、シルヴィアとリーゼの二人と、奥で座っている総司令と桜先輩も疑問を浮かべる。だが、その疑問を解決するわけにはいかない。少なくとも今は。



(大丈夫ですよ菊川さん。この場で感情を制御できないほど、俺は未熟な人間じゃありませんから)

「何かあったのですか?」

「いえ、大したことじゃありませんよ。さっきまで依頼をこなしていたんですが、討伐対象が正確か若干不安だったもので」



 勿論菊川さんはそんなことを不安視していたわけじゃない。依頼を遂行する立場じゃない菊川さんがそれを気にするわけがないからな。だが、一応話の筋は通っているはず。



「それよりも、何か情報を知りたいのは俺達の方なんですが」

「…それはそうでしょうけどね。生憎何も見つかっていない、と言う他ありません。とりあえず、そこにかけてください」



 桜先輩の隣に座った俺は、机の上に乱雑に置かれた資料の数々が目に入る。



「それが、ここ数日で報告があったものを纏めた資料になります」

「…結構見つかってるじゃないですか」

「いえ、それがですね…」

「ま、読んでみたら分かるわよ」



 先輩から数枚の資料を手渡されたので、軽く目を通してみる…おいおい。



「ほとんど空っぽの報告ばっかりじゃないですか。こういうのは整理の時に弾かれるものでは?」



 中には気になる報告もあるが、そのどれもが勘違いや虚偽の報告だったと判明している。これ、報告書のクオリティとしては最悪だろ。これが学校の課題だったら再提出案件だぞ。



「情報を集約して、整理を行った上でそれなんです。こちらから『なんでもいいから報告しろ』との通達を出しているので、調査に出向いてる方々が悪いわけではないんですがね」



 この報告から分かる事と言えば、既に狼神マナガルがカツロ山から去ったことくらいだ。俺が落ちたあの穴も、これを見るに綺麗さっぱり消えているらしい。



「それにしても、この報告は虚無に等しいですよ。報酬金も高めに設定してるんでしょう?」

「ええ。危険度は未知数ですし、調査は一日では終わりませんから」

「勿論調査を行う軍人には正当な報酬が必要ですけど、この街の財政を考えると…」



 桜先輩の言う通り、この街の財政状況はあまり芳しくない。最初に俺達に調査を依頼したのも、財政的な理由が大きい。狼神マナガルが消え危険度は下がったものの、まだ一般人を出入りさせるのは厳しい状況のはず。



「…そうですね、近日中に一旦調査は打ち切る方針です」

「じゃあ、原因を突き止めるのは?」

「それも一時中断します」



 …どういうことだ?それなら現状は何も変わらない、このままトウキョウという街は衰退していく一方だ。



「少々危険はありますが、このままの採掘作業を再開するつもりです」

「え?でも採掘に出る人達は…」

「全員ではありませんが、この半年間で多少は腕を付けたはずです」



 半年間、確かカツロ山にコボルドが蔓延るようになったころだよな…ああなるほど、そういうことか。



「葛城総司令は、こうなることを予測してたわけですか」

「予測というより、想定です。こうなっては欲しくありませんでした」

「えっと…英夢君、どういうこと?」

「先輩は、今回の騒動で職を失った人達がどうなってるか知ってます?」

「ええ、軍で雇用してるって話だけど…そういうことね」



 つまり、葛城総司令はコボルドの増殖問題が解決できなかった時のことも考慮して、軍への雇用という選択肢を取り、彼らの戦力増強を図ったってことだな。大量の人材を抱え込める職場もそう多くないだろうし、これ以上ないくらいの雇用先だったわけだ。



「危険を排除できないのであれば、危険が危険でなくなるような働きかけが必要になります。今はまだ、そこまで行き着いてはいないかもしれませんが…」

「…人は慣れる生き物。三年前だって絶望的な状況だったけど、今ではもう皆この生活に慣れている」

「その通りです」



 狼神マナガルがカツロ山に居た時に葛城総司令が出した爆破案もそうだが、この人は常にいくつものケースを想定して行動しているように感じる。先の余裕がないこの街にとっては、かなり適した統率者なんじゃないだろうか。



 最初は思うようにいかないだろうし、怪我人や、下手すれば死者が出るかもしれない。だが非日常も、それが積み重なれば日常となるもの。いつしかそれが、この街の当たり前になるはずだ。

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