168.不安と焦り

 リハビリを兼ねた依頼を終えた俺達一行は、依頼完了の報告と調査の進捗を尋ねるために軍の本部へと向かった。調査進捗に関して、菊川さんからザックリと聞いてはいるものの、やはり資料は出来れば直接この目で読み通したい。それに、何か新しい情報が届いている可能性もある。



「…そんなに期待しない方が良さそうだけど」

「そりゃな」



 リーゼの言う通り、軍の様子はいつもと変わりなく、あわただしくしている様子はない。十中八九新たな情報はないだろうな。


 そもそもあの鉱山は、俺達もかなり入念に調査を重ねた。もしかすると、このままがむしゃらに調査を続けているだけでは、次の一歩へと進むことは出来ないのかもしれない。



「依頼の報告をお願いします」

「はい、承りました」

「それじゃ、私と菊川さんは先に行っているわね」

「了解です」



 そう言って桜先輩は菊川さんを引き連れ、奥の部屋へと消えていく。あそこ、俺達だけで入ったことないけど、勝手に入って大丈夫なのかな…まぁ大丈夫か。


 三人となった俺達は受付に今回の証明部位を渡し、その確認作業を無言で見つめる。特に雑談するような話題もない…わけではないが、あまり人前で話せるような内容じゃないな。



「い、依頼を一度に三件ですか?」

「はい、そうです」

「無茶をしますね…」



 そんな無言の時間に耐えかねたのか、それとも本当に驚いたのか。受付の人が依頼を確認すると、驚愕の感情を声に乗せてこちらに話しかけてきた。


 確かに依頼を一度に三件達成したその事実だけ見れば珍しいかもしれないが、今回受けた依頼は一件一件の難易度がそこまで高くない。その気になれば、一人一件ずつ分担してこなすこともできたと思う。



「いやいや、確かにそこまで危険度の高い魔獣ではないですけど…このオルブズビーなんて、すばしっこくてかなり討伐が難しい魔獣ですよね?」

「確かに、あの蜂はちょっと時間がかかったわね」

「そんな軽い調子で言われたら他の軍人が泣きますよ、この依頼は3日かけてようやくこなすのが普通なんです」



 それは時間がかかり過ぎだろ。他の二件よりも若干報酬は高かったが、3日かけて遂行するとなれば割に合わない。希少な魔獣というわけでもないし、いくらなんでも…ああ、そういうことか。



「うちのパーティーは全員が遠距離攻撃手段を持っていますから、あの手の魔獣とは相性がいいんですよ」



 この街は日本人が多いせいで、卓越した魔術使いが少ないんだろう。カルティさんの話じゃ数自体は多かったものの、やっぱり実力的には伸び悩む人が多かったらしいし。



「それにしても速すぎですよ、凄腕の狙撃手でも雇ったんですか?」

「…まぁ、そういう解釈も出来るかもしれません」

「え、冗談のつもりだったんですけど」



 桜先輩は銃を使っていないだけで、それこそ凄腕の狙撃手って言っても差し支えないような実力の持ち主だ。『混沌の一日』以前から怪物染みた正確な射撃を行っていた先輩だが、今ではさらに磨きがかかっている。なんで空気抵抗の受けやすい矢をあそこまで狙い通り射撃できるのか、未だに分からない。



「私からすれば、エイムの射撃も似たようなものだけどね」

「ん、人外」

「そろそろ俺も泣くぞ、マジで」



 もういい加減この扱いにも慣れてきたが、だからと言って文句を言わないわけにはいかない。というか、射撃に関して言えば人外だとむしろ弱体化じゃないか?



「…はい。三件の依頼、全て問題なく達成されています。報酬を持ってきますので、もう少々お待ち下さい」



 オルブズビーを初め、今回の討伐対象は初見の魔獣ばかりだったから、ちゃんと依頼に沿った魔獣を討伐しているか若干不安だったが、どうやら問題なかったようだな。



『よう、お疲れさん。成果はどうだった?』

『からっきしッス。まぁ何も成果は出せなくても、討伐報酬だけで十分なんスけど…』

『街が滅べば、報酬云々じゃ無くなるからなぁ。このままだと、本当に危ういぞ』

『そうッスよねぇ…また三年前みたいな生活に戻るのはごめんスよ』

『俺もだ。俺達のためにも、街のためにも、早く手掛かりを見つけるぞ』

『ウス』



「…どうやら、本当に新情報は無さそうだ」

「そう、ちょっと残念ね」

「ん」



 待っている間にそれとなく周囲の会話に聞き耳を立ててみたが、やはり調査はかなり難航しているらしい。勿論、裏取りが済むまで情報を規制している可能性もないわけじゃないが、何か見つかっていれば噂話くらいにはなるはず。


 実際に調査に赴いているのは、上層部の人間じゃなく下っ端の軍人だ。そんな末端にまで及ぶような、厳しい情報規制が出来るとは思えない。



(ま、雲を掴むような話だ。時間がかかるのは仕方ない)



 何か明確な目的があって探しているならともかく、その目的がどんなものなのか、どんな存在なのかすら分かっていない。それは失くしたものが分からない状態で、探し物をしているようなもの。


 きっと今の軍人達の内心には、形容しがたい不安と焦りが纏わりついているんだろう。




 

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