167.リハビリ戦闘

「ただいま」

「お帰りなさい、もう体は大丈夫そう?」

「はい、もう心配ありません」



 街へと戻り、滞在先である桜先輩の自宅へと帰ると、ラフな服装の先輩が玄関まで出迎えてくれた。



(菊川さんは話してないみたいだな…そりゃそうか)



 あそこで知った情報を外に伝えるのはご法度。いくら執事と言えど、いや執事だからこそ、それを軽々しく伝えることはしないだろう。



「どうしたの?」

「いえ、なんでもありません…二人は?」

「もう起きてるわよ」

「完全復活」



 玄関で先輩と二人で話していると、シルヴィア、リーゼの二人も顔を出した。リーゼの言葉通り、二人の顔に疲れなどは一切窺えない。ひとまず特に異常もなさそうだ。



「って言っても、起きたのはついさっきなんだけどね」

「私は一時間くらい前かな」

「マジか」



 一時間前に起きたというリーゼでさえ、丸一日眠っている計算だ。狼神マナガルに接近戦を挑んでいたシルヴィアはそれ以上となると、やはりこの前の戦いが俺達に与えた傷は、とてつもなく深いものだったようだ。



「ま、たっぷり寝たし、もう心配いらないわ」

「明日からでも動けるよ」

「それは勘弁してくれ。少なくとも三日は働く気はない」



 召集があれば会議くらいは出席するつもりだが、よほどの緊急事態でもない限り、現地へと調査に乗り出す気はない。相手が黒の魔獣だという可能性が限りなくゼロに近くなったこの状況じゃ、斥候職というわけでもない俺達が出ても状況が好転することはないだろうしな。



「三人とも、いつまでもそこで話してないでリビングまで来たら?そろそろ菊川さんが食事を用意してくれてると思うわよ」

「ん、確かに」

「そうするか」



 桜先輩に促され、話を一旦中断した俺達はリビングへと向かう。



「今日は何かしらね~」

「多分、肉料理」

「え、リーゼさん。何でわかるの?そんな匂いしてないけど」

「…何となく」



 …あいつ、暗霊から聞かされたな。意外とくだらない情報も持ってくるんだな、精霊って。



(エイム)



 そんな二人の会話に苦笑いを浮かべていると、ローブの袖をグイっと引っ張りながら、シルヴィアが小声で話しかけてきた。



(どうした?)

(何かあった?なんだかピリピリしてる気がする)



 …シルヴィアには敵わないな、本当に。



 気持ちに整理は付けたはずなんだが、自分でも分からないような精神状態すら、シルヴィアには把握されてしまうらしい。



(ちょっとな。解決したわけじゃないが、心配はいらない)

(…なら詮索はしないけど、私やリーゼに出来ることがあるならすぐに言いなさいよ?)

(ああ、サンキューな…そうだ)



 これは早めに相談しとかないとな。



(ちょっと気が早いが、次の目的地について相談したいんだ)

(次の目的地?…分かったわ、食事の後にでも三人で話しましょ)

(了解)

「エイム、シルヴィ、何話してるの?」

「悪い、すぐに行く」





♢ ♢ ♢




 時は進み、あれから五日後。



「ごめんリーゼ!一匹抜けられた!」

「ん、問題ない」



 どうやら調査の手は進んでいるものの、特に成果は上げられていないようで、召集がかかることもなく五日が経過した。


 ボロボロとなったサバイバルナイフ(修復は不可能だった)も新調し、疲労も完全に取れたので、今日はリハビリも兼ね、俺・シルヴィア・リーゼのいつものメンバーに、桜先輩と菊川さんの加えた計五人で、依頼を三件受けて街の外へと飛び出した。


 ちなみに五人とは言っても、菊川さんは戦闘には参加しない。あくまでお目付け役として来ているってことらしい。勿論桜先輩に危険が及べばすぐにでも参戦するだろうが、俺達三人が居てそれはない。



「…ちょっとやりづらいなぁ」



 菊川さんと桜先輩の視線を気にしながら、リーゼはシルヴィアの取りこぼしたカボチャくらいのサイズの巨大蜂、オルブズビーへと右手を向ける。虫が苦手なわけじゃないが、あのサイズは流石にちょっと気色が悪い。



「捕らえろ、牢樹キャプトル



 不規則な動きで飛び回るオルブズビーを、地面から伸びた根は正確に捉え、その体を中心から貫く。確かあのスキルは対象を捕らえるスキルだったはずだが、あんな使い方も出来るんだな。



「KYUIIIII!?」



 オルブズビーはしばらく体をジタバタとさせながら暴れていたが、リーゼが追加で吸華ドレワーを発動させ、その体から生気を吸い尽くした。


 最後に残ったいつまでも地面に降りてこない個体を俺と桜先輩で処理し、戦闘は終了となる。



「これで依頼分は最後?」

「はい」

「ふぅ、すばしっこくてちょっと厄介だったわ」



 確かに、攻撃自体は大したことはなかったものの、あの巨大蜂は空中を飛び回るその性質上、その手の魔獣に対する手札が少ないシルヴィアにはちょっとフラストレーションが溜まる相手だったかもしれない。


 一応、シャドウミスリルの剣に魔力を通せば斬撃を飛ばすこともできるが、あの速度だと命中させるのは至難の業だろう。逆に俺やリーゼは遠距離攻撃に長けているので、そこらへんはうまく役割分担出来るな。



「とりあえず、全員問題なさそうか?」

「ん」

「ええ。じゃ、明日は本部に向かう?」

「そうするか」



 この街に滞在し始めてから、もうかなりの日数が経過している。次の目的も決まったことだし、そろそろこちらから積極的に動いて行こう。

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