166.隠された真実 後編

 …演技をしている様子はない。菊川さんなら俺に悟らせないようにすることも可能だろうが、そもそも知っていればわざわざ同行しようとは思わないはず。俺がどんな行動に出るか分かったもんじゃない。


 つまり菊川さんも俺と同じように、この真実については何も知らなかったようだ。



「桜先輩は、このことを」

「あり得ません」



 俺の言葉を遮るほどの勢いで、菊川さんはすぐさま否定した。



「お嬢様が知っていれば、確実に止めていたでしょう。あの方が貴方に対して、薄暗いことを秘めるはずがありません」

「…そうですね、すみません。余計な質問でした」



 菊川さんの言う通り、あの先輩がこれを黙認するはずがない。あの話を聞いた感じ、先輩も全く無関係というわけでもなさそうだった。



「ですが、恐らく正真様は…」

「まず知っているでしょう。間違いなく」



 俺が許可を願い出た時、正真さんはあの場に居なかった。恐らく出席していたとしても、止められることは無かったと思うが。流石にあの人でも、そこまで俺のことを調べ上げているわけではないはず。



「多分、これだけじゃないでしょうね。この場所に隠されている、不都合な真実は」

「……」



 正真さんはこれを知っているから、先輩にこの場所の閲覧許可を与えなかったんだろう。特に興味が無いのでこれ以上調べる気は無いが、ここまで厳重なロックがかけられていたことにも納得が行く。



「もう十分です。わざわざ時間を作っていただき、ありがとうございました」

「…天崎君」

「大丈夫ですよ。薄々、そうじゃないかとは思ってここまで来たんです」



 このままの精神状態で家に戻るのはちょっと厳しいが、少しどこかで心を落ち着ければそれで済む。



「後片づけは、私がやっておきましょう」

「…すみません、よろしくお願いします」



 本来なら俺一人でやることだが、菊川さんも俺がいない方が、色々な意味で気が楽だろう。お言葉に甘えさせて貰い、立ち入り禁止エリアの扉をくぐって、俺は図書館を後にした。






♢ ♢ ♢






「……ふぅ」



 荒んだ心を落ち着けるため、俺は街の外へと飛び出した。街中だと一人になれる場所が中々見つからず、気が付けばこんな所までやってきてしまった。


 街からそこまで離れたわけじゃないが、まだこの辺りにもチラホラと瓦礫が積まれている。いや、街に近いからこそか。


 道中何度か魔獣に遭遇したものの、流石に今の俺の敵じゃない。魔石の回収も面倒なので、死体を適当に処理してその場に放置してきた。新しい黒ローブも動きを阻害することなく、ラル=フェスカをホルスターから引き抜く時の動作にも煩わしさを感じることは無かったため、ひとまずはこれで良さそうだ。



(一人で外に出るのは、随分久しぶりだな)



 多分、ゴブリン掃討作戦の時以来だと思う。あの時はそこかしこにゴブリンや上位種がうろついていたから、こんな風に目的もなくただ歩く時間は存在しなかったけどな。



「………」



 こうして何もないだだっ広い場所を歩いていると、自分という存在がひどく小さく思えてくる。


 いや、実際俺はこの世界からしてみれば、本当に小さな存在なんだろう。どんな過去があっても、どんな職業を持っていたとしても、俺は天崎英夢という、この世界に生まれ落ちた数多の生命の一つに過ぎない。



「おいしょっと…」



 積み上げられた瓦礫に腰掛け、街の方を見つめる。


 巨大な壁に囲まれ、防衛都市として形を変えた、かつての日本の中心地。何度見ても、この場所が僅か三年で築き上げられたとはとても思えない。スキル、そして魔術という技術は、世界の常識を大きく塗り替えた。



「次の目的地も決まった。さっさと任務を済ませて、一度戻りたいところだが…」



 残念ながら、そういうわけにもいかないのが面倒な所だ。正直、もうこの街を救う必要性を感じていない。任務を放棄して、帰るという選択肢すら俺の中では生まれている。


 最悪の状況になったとしても、桜先輩や正真さんなら自分だけは何とかできるはず。まだカツロ山に何が秘められているかは分からないが、例え街を放棄する結果になったとしても、それでこの街の全ての人間が路頭に迷うわけじゃない。



 だが今ここで任務を放棄してしまえば、マーティンでの評価に影響してしまう。俺達は場所に縛られているわけではないし、名声も必要としているわけじゃないが、場合によっては軍の協力が必要になることもあるかもしれない。使える手札は、多いに越したことはない。



 とりあえず、次の行動は決まった。まずはこの街の抱える問題を解決し、マーティンへと戻り、次の目的地…アルスエイデンの王都へと向かう。



「…うし!黄昏タイム終了だ、戻るか」



 荒んだ心を癒す時に一番効果的な方法は、前を見つめることだ。過去を変えることは出来なくても、未来を変えることは出来るのだから。

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