165.隠された真実 前編

「さて、到着しましたね」



 ローブを新調し、いつもと変わりない姿に戻った俺は、予定通り菊川さんと共に図書館へとやってきた。


 初めは直接向かうつもりだったが、よくよく考えてみれば銃を見せびらかしながら街を歩くというのはあまりよろしくない。特にこの街の人間は、銃を見たことすらない人達ばかりだろうし。


 とはいえコイツらを置いていく選択肢は無かったので、菊川さんに案内をお願いして黒ローブを先に新調した。



 新しいローブは本当に何の変哲もない唯の黒いローブで、強いて言えばラル=フェスカを隠さなければいけない関係で、身体よりやや大きめのものを選択したくらいだ。


 以前にガイさんから貰った(借金して買った)ものに比べると防御力は格段に落ちてしまったが、最近だと布製の防具で補える防御力は、そもそも意味を為さないことがほとんど。だからあまり気にしてない。



「では、入りましょうか」

「はい」



 まだ立ち入り禁止区域に入るわけではないのに、妙な緊張が走る。



「先に申しておきますが、写本等の行為は一切禁止とのことです。また、監視役、という訳ではありませんが、私も内部まで同行します」

「分かりました」



 菊川さんの言い回しから察するに、「直接監視を命じられた訳では無いが、実質的にはそういう役回りだ」的な感じだと思う。


 菊川さんがロック解除している間、流石に悪いので後ろを向いておく。多分暗証番号のロックだけではないだろうから、覗いても意味はないと思うが、ここら辺はモラルの問題だ。今の視力なら、覗こうと思えば余裕で見えるしな。



「開錠しました、どうぞ」

「…失礼します」



 ゴクリ、と大きく音を立てて唾を飲みこみ、俺は薄暗い部屋の奥へと足を踏み入れる。部屋の大きさは学校の教室くらいだ。恐らくはほとんど人を招き入れることはないはずだが、それにしては随分清涼さが感じられる。


 棚に並べられた書物も、かなり整理整頓されているみたいだ。流石に案内表示はないらしく、目的の情報を探すのは苦労しそうだが、雑に積まれた本の山を覚悟していたのでありがたい。



「では、私はここでお待ちしております」

「すみません、よろしくお願いします」



 菊川さんは壁際で待つみたいだ。この場には俺と菊川さんしかいないから、どうしても視線が気になると思っていたが…



(流石は執事だな)



 存在感が消えた、とはちょっと違う。そこにいることは意識できるが、不思議と視線や存在が全く気にならない。多分これは職業のスキルじゃなくて、菊川さんの持つ特有の技術だろうな。あの人【曲芸師アクロバッター】だし。


 俺はまず、適当に数十冊の本を纏めて取り出して、パラパラと流し読みしながら目的の情報を探していく。骨が折れる作業だが、こればっかりは仕方ないな。人を待たせているわけだし、あまり時間をかけるわけにもいかない。



(……ここら辺の資料か)



 目的の情報は、どうやら本ではなく、数十枚ごとに纏められている紙束の中にありそうだ。


 目的の情報、それはこの街の過去資料。この街がどのような軌跡を辿り、現在の在り方を確立したのか。特に、トウキョウがアルスエイデンに支援を要請したとき、


 公表されている事実としては、恒久的な食糧、および食糧生産技術の提供、非常時の難民無条件受け入れなど、様々な条件が課せられた条約が交わされたようだが…。


 勿論、当時のトウキョウからすれば、公表されたものだけでもかなり重たい条件だったんだろう。だが向こうも、職球ジョブスフィアや優秀な人材の提供を行っている。アルスエイデンだって、当時は突然変わった環境の変化の対応に追われ、かなり厳しい状況下だったはずだ。


 

 貴重な物資と人材を差し出して、見返りがあれらだけじゃ釣り合うわけがない。絶対に、隠された真実がある。



(あった、友好条約の資料)



 この資料の在り処がこの場所で良かった、下手をすれば葛城総司令の机の中だった可能性もある。そうなれば、この資料の閲覧難度は跳ね上がっていた。


 俺は資料を一枚一枚、一文字も読み逃すことなく、ゆっくりと時間をかけて読み進めていく。


 ──ああ、やっぱりか。



「……この予想だけは、当たって欲しくなかったんだけどな」

「…て、天崎君?」



 俺が無意識に発動してしまった『死圧』にあてられた菊川さんが、額に油汗を浮かべながら話しかけてきた。



「少し待って下さい。というか、今はちょっと話しかけないで下さい」



 突然スキルを発動させ、怒りを滲ませた返答をした俺の発言を、菊川さんは文句も言わずに聞き入れ、再びその場に佇んだ。後で謝らなければいけない。


 だけど今は、今だけは、他人を気にしているほどの余裕はない。己の感情を制御するので精一杯だ。



「菊川さん」

「…はい、なんでしょう?」

「この資料を読んでもらえますか?」



 未だに体を強張らせる菊川さんに、俺は一枚の紙を渡す。



「…拝見します」



 会話の中で少し冷静になることが出来た俺は、菊川さんから少し距離を取る。『死圧』は解除したが、菊川さんからすれば今は近くにいるだけでも警戒してしまうだろう。



「これは…!?」




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