164.死闘を終えて

「………朝、ではなさそうか」



 目を覚まして窓から顔を覗かせる太陽に目を向けると、既にその位置は天高くまで到達している。恐らく真昼間だろう。



(ここまでくると、最早睡眠じゃなくて気絶だな)



 食事も摂らずにベッドに直行したから、時間にして半日以上眠った計算になる。いくら何でも寝すぎだ。



 激戦の疲れ、勿論それもあるだろう。だがそれだけなら、カミラの迷宮を出てから何度か遭遇したし、何なら迷宮内でも対峙したことはある。迷宮内だと、大抵は戦わずに即撤退してたけどな。



 だが、今回の戦いと以前のそれとでは、ある一点が明確に異なっていた。



 それは狼神マナガルの、圧倒的な威圧感。戦う前、そして戦闘中でも常にそのプレッシャーを全身に浴びていたせいで、精神的な疲労が蓄積していたんだと思う。実際、体の疲労はほとんど回復したようだが、何故だか全く休めた気がしない。



「…とりあえず、しばらくは休息したい」



 とはいえ調査の進行次第では、またすぐに駆り出されることになりそうだ。せめて3日くらいは休みたいな。



 もう一眠りしたいとも思ったが、それ以上に体が空腹を訴えた。俺はローブ…はボロボロになっていたので羽織る手を止め、普段着のみで部屋を出た。


 別に肌着一枚とかそういうわけではないし、ローブなしで外に出ることが無かったわけでもない。だがどこか落ち着かないうえ、よく分からない気恥ずかしさを覚える。



「おや、天崎君。おはようございます」

「おはようございます…って時間ではなさそうですね」

「そうですね。時間的には、「こんにちは」が正解かもしれません」



 リビングに顔を出すと、相変わらず微妙に似合わないエプロンを身に着けた菊川さんがお茶を啜っていた…あのエプロン、やっぱ気に入ってるのかな。



「他のみんなは?」

「お二人のことでしたら、まだお休みになられています。お嬢様は外出中です」



 桜先輩とは別行動中なのか、随分珍しいな…いや、考えてみれば三年前も校内までは付いて来ていなかった。そういうこともあるんだろう。



「今回は私の判断で、留守番とさせていただきました。適当につまめるものでもご用意しますね」

「あ、はい。ありがとうございます」



 シルヴィアとリーゼはまだ眠っているらしい。この時間でまだ眠っているということは、二人も相当疲労が溜まっているようだ。狼神マナガルと対峙した時間は俺の方が長いが、神の職業でない二人の精神的疲労は、まず間違いなく俺以上のはず。ゆっくり休んでくれ。



「はい、どうぞ」

「いただきます」



 菊川さんが持ってきてくれたサンドイッチに噛り付きながら、俺は脳内でこれからの予定を整理する。予定という予定は無いが、やりたいことは多い。


 まずは装備品の補充。ローブはもう使い物にならないし、サバイバルナイフも刃こぼれだらけで、俺の手入れだけでは刃物としての機能は回復できない。もしかたら、コイツも新調しないといけないかもしれないな。


 あとは…



「菊川さん」

「はい、なんでしょう?」

「図書館の件なんですが…確か、許可を得た誰かの同行が必要でしたよね?」



 図書館の立ち入り禁止エリア、あそこにも足を踏み入れたい。だが同行者という条件を付けられた以上、俺一人で勝手に行くわけにもいかない、そもそも鍵の類を預かってるわけでもないし。



「ああ、それでしたら私が同行しますよ」

「え?菊川さんが?」

「ええ、総司令から許可は頂いております。許可が下りたのはつい先日ですがね」



 タイミング的に、俺と近しい人物に許可を与えた感じか?マーティン所属の俺は、この街での人脈はほぼ皆無。恐らく許可が下りている人間は、ほぼ上層部の人間で多忙な身だろうし、そこらへんを配慮した結果だろう。



「お嬢様にはご内密にお願いします。まだお嬢様には許可が下りておりませんので」

「そうなんですね、分かりました」



 桜先輩でも閲覧が許されていないのか。会議にも顔を出すくらいだし、てっきり許可されているものだと思っていた。



「お嬢様の功績を考えれば、許可されてもおかしくないのですが…あの人にとっては、まだ子供ということなんでしょう」

「…ああ、なるほど」



 菊川さんの言葉を聞いて、俺はなんとなくその理由を理解する。この街の政治形態を考えれば、許可を与える人間が一人なはずがない。



「今から向かわれますか?」

「はい、お願いできますか?」

「勿論です。では、少し席を外しますね」



 そう言って、再びキッチンへと戻っていった。多分、シルヴィアとリーゼの二人が起きて来た時のために、軽食の作り置きをしに行ったんだと思う。何から何まで申し訳ないな。


 …って、今日菊川さんが留守番してたのは、もしかしてこのためか?



「シルヴィアに負けず劣らずの読心術…」



 俺は周りの人間の洞察力に若干辟易としつつ、自分も準備をするために席を立った。

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