162.事実と真実

「……ほう。では我の安寧の地は、消えてしまったわけではないのだな?」

「……それはどうだろうな」



 例えば、その秘境の地が街のど真ん中なんかに出現してしまっていたら、もうそこを安寧の地と呼ぶことは出来ないだろう。



「ふむ、確かにそうであるな」

「何か思い入れでもあるの?」

「いや、特にはないな。他の神が荒らしにくるゆえ、そこまで長い期間定住することはない。前の場所も、200年ほど前に見つけた場所だ」

「……200年て」



 人間なら、下手すりゃ5回くらいは世代交代してそうだ。



「話を戻すが、どこか体を休めることができ、かつ人の目に晒されないような場所に心当たりはないか?」

「……二人はどこかあるか?」



 変わってしまった世界の地理に関しては情報が規制されていることもあり、知識は皆無と言って良い。俺は力になれそうにないな。



「うーん、それこそカミラの迷宮とか?あ、でも体を休めるのは難しそうね……」

「そのカミラというのは?」

「迷宮の名前よ。神様ならどうってことないかもしれないけど、強力な魔獣の巣窟なの」

「ついでに言うと、俺が【死神リーパー】の職業を得た場所だな」



 まだ数か月しか経ってないはずだが、最早懐かしさすらある。それくらい外の世界では、濃い生活を送っているってことだな。今なんて目の前に神様いるし。



「そこらの魔獣なら魔獣自ら住処を譲るが、死神リーパーゆかりの地となると何が起こるか分からんな」

「リーゼはどうだ?」

「引き籠り種族にそんなことを聞かれても困る」



 確かにそれはそうだ。ある意味では俺よりも知識は乏しいかもしれない。



「人族の目に晒されないって意味なら、私達の森は適しているかもしれないけど」

「ほう?ダークエルフの森か」

「魔獣はいるけど、多分迷宮よりはまし」



 そりゃそうだ。もしダークエルフの森があの危険地帯以上に強力な魔獣が蔓延る場所なら、魔獣以外の生物が生存圏を確保することは不可能だろう。



「行ってみる価値はあるな」

「でも、ダークエルフは普通に暮らしてるよ?」

「こちらは構わん。ダークエルフは神を信仰しない種族だろう?」



 ああなるほど、つまりは神を信仰する種族にバレたくないわけか。



「……いやでも、あの森がコボルドだらけになるのは困る」

「確かにな。まぁあの森の魔獣なら、生態系が崩れることはないだろうが」



 話しているうちに、そもそも俺達がここにやってきた原因を失念していた。コボルド程度ならあの森の魔獣は余裕で蹴散らすと思うが、いくら何でも神相手だと厳しいだろう。生態系が崩れることはないにしても、生活圏を奪われる魔獣は出てくると思う。



「コボルド?何のことだ?」

「いや、お前が来るなら勝手にあいつらも付いてくるんだろ?そっちに非はないのかもしれないけどよ」



 多分、コイツが呼び出すというより、コボルド達が勝手に付いて来てしまうんだろうな。コボルド達はゴブリンと比べて、知能に優れているし、ジンベエザメの下に付くコバンザメみたいな感じなのかもしれない。



「何を言っている、コボルドは狼ではなく犬だ。我にとっても害獣であることに変わりない」

「「「……へ?」」」



 突然のカミングアウトに、俺達の声が重なる……一体どういうことだ?



「じゃあ、上の鉱山に巣食っているコボルドは?」

「この山の魔獣ではないのか?我がやってきた頃には、ここは奴らの住処であったぞ。実力差を理解しているのか、確かに我に歯向かうことは無かったがな」

「……おいおい、マジかよ」

「私達の苦労、返して欲しい」



 ここに来て新たに登場した衝撃の事実に、俺達は驚愕し、まだ見ぬ何かに小さな恐怖を感じる。



 ──今回のコボルドの異常増殖。その原因は、別にある。





♢ ♢ ♢




──とある迷宮──




「……ん?」




 死神リーパー狼神マナガルが相対したとき、そこから遠く離れた場所、地下の奥底で寝転がる黒ローブの女性は、その邂逅を感知していた。



「お~?もう奴らが観測したの?ちょっと予想より早いなー」



 女性は気だるげな表情を浮かべながらも、寝転がっていたベッドから体を起こし、土壁には不似合いな、清潔感のある材質の扉の前へと足を進める。



「開けて?」



 その言葉に応えるように、扉はそこに描かれた紋様を光らせながら自動的にその口を開ける。


 扉の先の部屋には無数の水晶が並べられており、そのどれもが光り輝きながら、こことは違うどこかの場所を反射させていた。



「さてさて……私の可愛い後継者に手を出したのは、一体どこの馬鹿だろうね?」



 水晶の映像を一つ一つ確認していく女性の瞳はフードに隠れて窺うことは出来ないが、彼女の声色には僅かな心配と怒りの感情が乗せられている。



「えーと……あはは!そうか、彼と会ったのか!数奇なものだねぇ」



 しかし、その中の一つの映像を視界に収めた女性は、先程の心配などまるでなかったかのように笑い出した。



「引き籠りの彼のことだし、出会ったのは偶然だろうね。懐かしいな~」



 水晶に映し出されているのは、英夢と狼神マナガルとの死闘の様子だ。死闘と言っても、命の危機を感じているのは英夢だけなのだが。



「なんか結構派手に戦ってるみたいけど、まぁ彼なら大丈夫でしょ」



 そう言いながら、フードの隙間から小さく笑みを覗かせた女性は、水晶群から視線を外し、そのままベッドがある部屋へと戻っていく。



「それにしても……彼と出会ったってことは、君も知るんだろうね。神の真実に」






「器に囚われることは無いよ。真実を聞いてどう行動するか、それは君の自由なんだからね」

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