161.叛逆の力

「「!?」」

「落ち着け、別に我は強制しているわけではない」



 突然大声を上げた俺を見て、シルヴィアとリーゼが僅かに後ずさる。



「シルヴィア、『儀礼』の話はなしだ。諦めろ」

「え、え?ちょっと、急にどうしたの?」



 これは駄目だ、軽々しくやっていいものじゃない。狼神マナガルが口にするのを躊躇したのも分かる。



「これは我が踏み込む領域ではない。後は貴様らで相談して決めることだな」

「相談できるとでも?」

「そう気を荒立てるでない……その話は一旦持ち帰れ。まだ話は終わっていないからな」



 まだまだ文句は言い足りないが、ヤツの言っていることは何も間違っていない。俺は若干の不満を浮かべながら、再び姿勢を正す。



「それでよい。次は、貴様の黄金の力についてだ」





♢ ♢ ♢




「とはいえ、その力に関しては我も、伝えられた以上のことは知らん」

「それで十分だ、こっちは何も知らないからな」



 突如として体の奥底から湧き上がってきた謎の力。自分の力ではあるはずだが、あの力の正体には全く想像が付かない。今まであんな力を発揮したことはないし、心当たりもない。



「その力に名はない。先代は黄気だとか金気だとか適当に呼んでおったな」



 そのままだな。正式な名前が普及していないということは、それだけ世に出ることが少ないということ。もしかしたら扱える人間は、ごく少数なのかもしれない。


 いや、俺は死神リーパー、そして力の正体を知っているのは狼神マナガル。ということは……。



「先に言っておくが、その力は神だけが扱える力、というわけではないぞ」

「あ、そうなのか」

「うむ、むしろ我ら神には扱えぬ力だ。恐らく神の器を持つ者でその力を持つのは、世界で貴様一人だろうな」



 ……神には扱えない力、何故その力について神が知っているんだ?



「その力は、我らへの叛逆の力。どれだけ護りに優れた神でも、その力を纏った攻撃を防ぐことは出来ない。我はそう伝えられている」

「つまり、神様特攻?」

「簡潔に述べるなら、そのようになる」



 なるほど、だから狼神マナガルはあの力を見て、僅かに怯えるような様子を見せたのか。普段なら咆哮なりなんなりで威力を相殺しようとしていた狼神マナガルが、何もせずに攻撃を受けたのは、力の正体を確かめる意図があったのかも知れない。


 そして同時に、自身から湧き出た力でありながら、俺もどこかで畏怖を感じた理由も分かった。なんせ俺も一応は神……自分で神って言うの、こそばゆくて何だか抵抗があるな。



「叛逆の神が、神への叛逆の力を得る。自然な流れのようにも見えるし、数奇なようにも見える。中々に面白い」

「自分で制御できない力を、自分のものだとは思えないけどな」



 あの力は本当に突如として湧き上がってきた。一体何がきっかけだったんだろうな。



「我も一体どういう経緯を得てその力が発現するのか、そこまでは分からん。だが我の先代は、神への憎しみ、それに準ずるような心を持ったものであれば、誰にでも発現の可能性はあると言っていた」

「……つまり、私達でも?」

「ああ、だが訓練法などは知らん。知っていても教えないがな」



 将来的に自分にとって脅威になるかもしれない力だ。そんな力の会得方法を、さっきまで殺し合いをしていた相手に教えるわけがない。むしろこうやって、一方的に情報を貰っている今の状況がおかしい。



「我が知っているのはこれくらいだな」

「十分だ、感謝する」



 言葉通り情報は少なかったが、あの力の効果が知れただけでも十分だ。



「で、対価には何が望みだ?」

「……何のことだ?」

「とぼけるなよ。何の対価も要求せず、何かを与えるような聖人じゃないだろ」

「確かに、人ではないな」

「帰ってもいいか?」



 俺は狼神マナガルから背を向け、帰路に向かうようなしぐさを見せる。実際にはまだ体に疲労が溜まっているから、ここから脱出するのは不可能だ。



「まぁ待て、少し知恵を借りたい」

「俺達の頭なんて、神様に比べたらニワトリレベルだぞ?」



 狼神マナガルの年齢はよく分からないが、俺達よりもとてつもなく長い年月を生きているのは確か。多分リーゼでも敵わない。



「……それは私に失礼」

「別に年喰ってるとか思ってないからな、マジで」



 いつの間にか、リーゼにも自然に心が読まれている。そんなに表情に出やすいか俺は。



「我が知りたいのは、安寧の地についてだ」

「安寧の地?」

「ああ。我は狼を統べる存在ではあるが、統括しているわけではない。ゆえに普段は、誰の瞳にも映らぬ場所で体を休めているのだが……最近、その場所が消失してな」

「それって、『混沌の一日』のせいで?」

「人の間ではそのように呼ばれているのか。時にしては、三年ほど前の出来事になる」



 じゃあ確定だな。



「『混沌の一日』、それは俺達が生きていた世界と、シルヴィア達が生きていた世界が混じり合った一日のことだ。恐らくアンタが生活していた秘境の地も、この世界のどこかに出現しているんだと思う」


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