160.『儀礼』
「……そんな」
「我の話を全て信用しろとは言わん。だが、他の神には気を付けろ。人族が思っているほど、神は高潔な存在ではない」
衝撃の事実を耳にしたシルヴィアは、その言葉をかみ砕くことに時間がかかっているようだ。当然だろう、今まで信じていたものに突然裏切られる……そのときに生まれる感情は、すぐに冷静さを取り戻せるほど希薄なものじゃない。
「そういえば、リーゼは何か信仰している宗教はあるのか?」
「ううん、強いて言えば先祖かな。でも、信仰とはちょっと違うと思う」
そうだな、先祖の残した言葉というのは、言い換えれば先人の知恵だ。信仰とは似て非なるものだろう。
「で、アンタは他の神のそう言うところが気に入らないと」
「うむ。信仰者は別に、その神の所有物になりたくて信仰するわけではない。一方的に見下し、思想を染め上げる奴らとはどうも気が合わん」
それは同感だ。俺も仲良くなれなさそうだな。
「でも、信者と神とではスキルで契約を結んでいるわけじゃない。それなのに、そこまで相手のことを自在に操ることが可能なの?」
「いや、人族が使う契約のスキルとは少々異なるが、神は『儀礼』という形で信者と契約を結ぶのだ」
「……あ」
さっきまで若干放心気味だったシルヴィアが、『儀礼』という言葉を聞いて小さく声を上げる。どうやら心当たりがあるらしい。
「『儀礼』ねぇ…」
「ねぇ、それって私達にとってもちょっと不味くない?」
「ああ、かなりな」
なんせ俺達にはエールス教の教徒であるシルヴィアが仲間にいる。そして、俺は神様から嫌われているらしい
「貴様の存在が向こうにバレるまでは問題ない。それに我の話を聞いたことにより、そこの娘の信仰心にも多少の綻びはあるはず」
「……ええ、別にそこまで熱心な信者ってわけでもないし」
この会話の中で、一番の動揺を見せていたシルヴィア。だが、ひとまず自分なりの答えを見出したようだ。その目からは、先程から映っていた迷いの感情が消えている。
「元々、エイムが死神って知った辺りからちょっと疑問に思ってたのよ。エールス教の教えでは死神は仇敵だけど、エイムは物語にあるような最悪の存在ではないわ」
「……そうか」
「ふむ、良き仲間に恵まれたようだな」
「ああ、俺にはもったいないくらいだよ」
本当に、世界が変わってから初めて会った相手がシルヴィアで良かったと思う。彼女に出会い、俺の人生は大きく変わった。
「その様子なら大丈夫だろう。神の力は、その信者の信仰深さに依存する。それでも心配なら、別の神へと信仰を乗り換えることだな」
「でも、別の神様も似たような感じなんでしょ?」
「何を言っている、目の前に素晴らしい考えを持つ神がいるではないか」
「……え、俺?」
話しているうちに、二人と一匹の視線が俺の元へと集まってきた。
「二人にとっても、貴様にとってもそれが最善だと思うぞ?」
「いや、それはそうかもしれないけどよ」
当たり前だが、人に信仰されたことなんてない。信用されるのは嬉しいが、信仰されるのは若干抵抗がある。
もしそうなった場合、俺がシルヴィアの思考を操ることが出来るようになるかもしれない。勿論悪用する気はないが、そうなればシルヴィアの気は今以上に休まらないんじゃないか?
「でも、具体的にはどうすればいいの?私やシルヴィは、今もエイムのことを信じてるよ」
「そうね。だけど、それと信仰は微妙に意味合いが異なる気がするわ」
「その通り。神を信仰するということは、正確な表現をするなら『儀礼』を行うということ」
「じゃ、エイム。その『儀礼』ってやつをお願い」
「いや、やり方なんて知らないからな?」
いつの間にかリーゼまでやる気になってやがる。そもそも『儀礼』のこと自体、今ここで初めて聞いたんだ。知っているわけがないし、それに該当するようなスキルにも心当たりがない。
「『儀礼』の方法はその神によって様々だが……一番簡易的な『儀礼』の方法を教えよう。まだ器として未熟なお前でも、問題なく行えるはずだ」
「まだやるとは言ってないぞ」
「それを決めるのは我ではない。我が行うのは、知識を伝えるまで」
(と、言うわけでだ)
(うお!?なんだ!?)
突如として、頭の中に
(『
(ほえー、こっちの声も伝わるのか?)
(ああ)
(スキルを持っていないヤツとも会話が可能なのか、随分と便利なスキルだな)
これがあれば、戦闘時での細かい連携も可能になるかもしれない。複数のスキル併用を常態化できるくらいでないと扱いが難しそうだが、訓練の価値があるくらい魅力の多いスキルだ。
(でもなんで、わざわざ『
(……我は別に口頭で伝えても構わないのだがな)
そう言って口ごもった様子を見せる
(…まぁいいや。実際にやるかどうかは別として、一応方法は聞いておく)
(それで良い。まずは──)
俺はそれから、
……おい。
「んなこと出来るか!!」
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