157.神々の闘争

「シッ!」

「ふん!」



 二人、いや一人と一匹の交錯は、周囲の景色を地獄に変えていた。



 片方が右手に握った黒剣を振り下ろせば、地面は割れ、斬撃はもう片方へと襲い掛かる。


 片方がその爪を振り下ろせば、大地に三つの大きな傷跡を残し、衝撃波はもう片方へと牙を剥く。



 足場の状態は最悪で、既にこの地獄を見守る二人からは、一人と一匹の姿が確認出来ないほどだ。最早見守っているとは言えず、戦闘の余波から己の命を守ることに精一杯でいる。



「ど、どうなるの…?」

「…分からないよ、この場にいる誰にも。神様にだって、この先の未来を予測することは出来ない」



 何故なら、今彼女達の目の前に広がる地獄は、他でもない神々の闘争なのだから。




♢ ♢ ♢



「ふぅ…」



 小さく息を吐き、俺は荒れに荒れた呼吸を整える。


 シルヴィアとリーゼが脱落し、俺と狼神マナガルとの一対一になってから、気が遠くなるほどの時間が経過した。


 初めはこの地下空間の崩落を気にしながら戦っていたが、すぐにその余裕は無くなり、全力での戦闘を余儀なくされている。当然と言えば当然、二人がここに来る前まで、俺はコイツにボコボコにされていたんだ。そんな余裕はあるはずがない。



「剣と魔力が加わるだけで、こうも変わるのか…恐ろしいものだ」

「正直、自分でもビックリだよ」



 そう、最初の戦闘ではほとんど為す術なく一方的にやられていたが、今は一応、互角の戦闘を繰り広げることが出来ている。


 その理由は、シルヴィアから預けられた黒剣と、シルヴィアから貰った魔力によるもの。黒剣に魔力を流し込み、時に斬撃に、時に身を守る盾にすることによって、ある程度近接戦闘も可能となった俺は、ヤツに「恐ろしい」と言わせるほどの進撃を見せた。



「ここまで我に抵抗し、我の体を傷つけさえした。それ自体は称賛しよう」

「…褒めても何も出ないぞ?」

「だがそれも、ここまでの話」



 …悔しいが、ヤツの言葉は正しい。互角にやり合えているというのは、あくまで見た目だけの話。ヤツと俺では、持久力に雲泥の差が存在している。ヤツはリーゼの浸牢吸華イロード・ドレワーで魔力を吸収されており、これまで俺達との戦闘を休みことなく継続しているはず。


 それにもかかわらず、ヤツの魔力、そして体力は底を見せない。終わりの見えない、永遠に等しい戦闘に、こちらだけが魔力・体力そして精神が擦り減らされていっており、そろそろ限界が近いのは逃れられない事実。



「ああ、そうかもしれない。だがな…」



 今の俺に、諦念という感情は許されない。この戦闘の勝敗によって決まるのは、俺の生死だけではないからだ。俺の両肩には、二人の命が圧し掛かっているに等しい。


 しかし、それを俺は重圧に感じているわけではない。むしろ、心地よくさえ感じている。今の俺は孤独じゃない、そう感じることが出来るから。



(俺が、こんな風に思う時が来るとはな)



 こんな状況だが、俺は小さく苦笑いを浮かべる。以前の、世界が変わる前の俺ならば、こんなことは全く思わなかったはずだ。好んでいたのかどうかは自分でも分からないが、少なくともあの時の俺は、孤独を望んでいた。


 だが今はどうだろうか。孤独を望んでいたあの時の俺からすれば、今の俺は別人に見えてしまうかもしれない。そのくらい、俺はこの三年間で変わったと思う。肉体的にも、精神的にもな。



「負けられないし、負けたくない。だから俺は、今ここに立ってる」

「──む?」



 ん?俺の言葉に、狼神マナガルは小さく動揺したように見えた。自分でも少々クサイセリフだと自覚してはいるが、そんなおかしな言葉ではないと思うんだが…。



「貴様、その光は…」

「光?」



 体を見てみると…確かに、俺の体に黄金の光が纏わりついていた。いや、纏わりついているというより、俺の体から湧き出ているように見える。


 そしてよく分からないが、この光と共に、全身から力が戻ってきた。魔力、ではない。もっと異質で…どこかに恐怖を感じる、そんな力だ。



「これは…」



 俺は無意識のうちに、黒剣から手を離した。何故そう思うか分からないが、この力は黒剣には耐えられないような気がした。



「だけど、お前らなら」



 俺はラル=フェスカを見つめる。そして、この謎の力を流し込む。普段は俺の魔力を受け付けることのないラルも、この力は受け取ってくれるようだ。



 流れるような動作で、俺は二丁の引き金に指を掛ける。引き金はいつもより数倍重い。巨大な力の団塊が、両手に二丁に流れているのを感じる。



「…いくぞ、狼神マナガル



 俺はヤツの言葉を待たず引き金を引く。放たれた銃弾は黄金に輝き、辺り一帯を光で包み込む。地面を、天井を抉り、そして塵に変えながら、二発は真っすぐに狼の神へと突き進んでいく。


 対して狼神マナガルは、その場から動くことなく、その銃弾を見つめている。一見すると先程と何も変わらないように見えるが、光り輝く銃弾は、その瞳の奥底に小さく映る恐怖の感情を照らし出していた。




 光の銃弾は、狙い違わず狼神マナガルへと着弾する。

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