155.神への抵抗

「ところで、神様はなんで会話させてくれてるの?」

「貴様らの主とは、先程一戦交えて大体察しは付いたからな。最期の会話を許さないほど非情ではない」



 つまり、逃がすつもりはないと。



「恐らく本当に何も知らされず、ここまで来たのだろうな。駒として動かされる境遇には多少同情するが…だからと言って、逃がす理由にはならん」

「「「……!」」」



 張りつめていた空気が、より一層張りつめるのを感じ、俺達は一様に得物を構える。



「しっ!」



 一番最初に仕掛けたのはシルヴィア、黒く輝く剣を片手に、薄暗い洞窟内を疾駆する。そして俺はシルヴィアの背後にピタリと張り付くように移動し、【狼神マナガル】の視線を切るような形で接近する。


 とはいえ、ヤツは俺がシルヴィアに追随していることは分かっているだろう。流石に索敵系のスキルは持ち合わせているだろうし、そもそも足音は消していないから、スキルなしでも足音が複数あることは分かるはず。シルヴィアの速度に合わせるためには、そんなことをしている余裕はない。



「はあああああ!!」

「……む?」



 俺達が接近するのを、先程までと同じようにその場に構えていた狼神マナガルは、その剣に込められた魔力を一瞥して、小さく、本当に小さくだが動揺する。相手が格上出ることを理解しているシルヴィアは、スピードをある程度犠牲にして魔力を込めることに自分のリソースを割いたようだ。



 シルヴィアの全霊の一撃を、狼神マナガルは自身の尻尾を使い、翻るような動きで受け止める。そのしなやか見た目からは想像もつかないほどの硬度を持つその尻尾は、シルヴィアの一撃を火花を散らしながら受け止めた。



「くっ……エイム!!」

「ああ!」



 攻撃を仕掛けた側にもかかわらず、狼神マナガルの痛烈な反撃に押され気味のシルヴィア。だがそれを気力で受け流し、俺に合図を送る。


 俺はその合図を受け、シルヴィアの背後から飛び出して行動を開始する。手に握る得物はラル=フェスカ…ではなく、サバイバルナイフだ。



「ふっ!」



 俺はサバイバルナイフを、狼神マナガルの瞳にめがけて投擲する。通常なら例え視力を奪ってもヤツは十分脅威だろうが、それでも大きな弱体化を狙うことが出来る。まぁ、ここに落ちて来る時に使ったせいで刃こぼれしているから刃は通らないだろうが、アイツにそれは分からない。



「…甘い」



 だが狼神マナガルは口から衝撃波を放ち、俺が投擲したナイフを弾くことによってそれを防いだ。相変わらず規格外すぎる、これでもラル=フェスカを三年間握り続け、その反動を抑えるために鍛え続けているんだけどな。



「…使徒の一撃には驚かされたが、主が腑抜けでは程度が知れる」

「だから二人は使徒じゃねーし、俺も主なんて立ち位置じゃないっての!」



 俺は弾き飛ばされたナイフを素早く回収し、諦めずにもう一度投擲する。



「何度やっても無駄だ」



 先程とは違いシルヴィアは一旦離脱しているため、攻撃を躱すことも可能。だがヤツは俺の行為を否定するかのように、もう一度衝撃波でナイフを防ごうとする。



「ま、無駄だろうな…だけどな、神様。人ってのは学ぶ生物なんだぜ」

「…!?」

浸牢吸華イロード・ドレワー…!」



 その瞬間、狼神マナガルの足元から植物が生え、その体に絡みついていく。それだけならヤツには大した弊害にはならない。だが、浸牢吸華イロード・ドレワーは単なる行動妨害攻撃じゃない。危険な色香を漂わせる吸華きゅうかは、恐ろしい速度で神の魔力を吸い取っていく。



「んで、神様だって生物だろ?力の源は魔力にあるはず」

「他でもないエイムがそうだもんね」

「ああ」



 神という存在だって、あくまで一つの職業に過ぎない。魔力は俺やリーゼを遥かに上回るだろうし、華だけでヤツの魔力を枯らすことは出来ないだろうが、それでも弱体化は免れないはず。それに、この攻撃にはもう一つ利点がある。



「その状況なら躱せないだろ?」



 俺の投擲したナイフは、今もヤツへと真っすぐ向かっている。さらに俺はナイフの着弾を待たず、ラルの引き金に指をかける。華に足を拘束されている今なら、ヤツ相手でも正確な射撃ができる。


 狙いは勿論、ヤツの瞳だ。特に理由はないが、なんとなく俺から見て左側の瞳に照準を定める。



「喰らいやがれ!」

「その程度…むぅ」



 ナイフと銃弾、両方を躱すことが出来ないよう、絶妙な位置へと引き金を引く。


 俺の攻撃をその瞳で捉えた狼神マナガルは、瞬時に両方躱すことは不可能だと判断し、顔をナイフの方へと逸らす。確かにこの二つなら、ナイフは銃弾より幾らかましだろう。



「そっちを向いてくれると思ってたよ!」



 しかし、残念ながらその程度の抵抗は予測済みだ。今度はフェスカをホルスターから引き抜き、そのまま即時発射する。魔力はギリギリだったが、何とか銃弾の生成には成功してくれた。



「くっ…」



 俺の用意に用意を重ねた一撃、いや二撃は、瞳から数センチ外れた場所に着弾し、狼神マナガルは小さく痛みを訴える。ナイフはともかく、フェスカの一撃は間違いなく瞳を捉えるよう狙ったんだが…あいつ、見てから方向を逸らしたな、どうやらフェスカの銃弾を肉眼で捉えているらしい。




「シルヴィア!!」

「ええ!!」



 だが、俺達の攻撃はこれで終わりじゃない。この暗闇にもかかわらず輝きを放つ黒剣を、シルヴィアは跳躍とともに振り上げる。



「せあああああああ!!」

「舐めるな…!」



 魔力を込めた黒剣を一瞥した狼神マナガルは、口から衝撃波を放って対抗しようとするが、魔力を奪われているせいか、先程よりも少々弱々しいように見える。



 黒剣と咆哮、巨大な二つの力の塊の交錯は、一帯を爆発で包み込む。

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