151.二度目の落下
「…見つからないな」
「…ええ、そうね」
カツロ山の調査を開始してから、丸一日。鉱山の中で一夜を明かした俺達は、相変わらずコボルドの上位個体の行方を捜している。
菊岡さんから貰った地図に書かれた脇道は全て捜索したし、他の道がないことも確認している。それでも目標は見つからず、先日訪れた行き止まりの広間までやってきてしまった。
「これで本当はいなかった、なんてことなら良いんだがな…」
「確かに見つかってないけど、まだこの鉱山内にいる方の情報が揃い過ぎてるわよ」
そうなんだよなぁ。前回と変わらず、俺がこの山に足を踏み入れたときには謎の悪寒が俺の体を走ったし、コボルドの数も、前回ほどではないもののまだまだ多い。
それに仮にこの山から姿を消したとすれば、どこから出て行ったんだって話になる。あの二人がこの山に侵入した出入口も探ってみたが、あそこは人が一人やっと通れるくらいの広さしかなく、巨大らしい上位個体が通れるとは思えない。
「…待って」
「リーゼ、どうした?」
俺達の会話に加わらず、広間の奥をボーっと眺めていたリーゼが、広間の捜索を始めようとした俺達を呼び止める。
「ほんの僅かだけど、暗霊の様子が変わった」
「本当か!?」
「ん、ちょっと待ってて」
リーゼは目を瞑り、暗霊と会話を始める。現状丸一日捜索に費やして、目立った成果は無し。どんなに小さなことでもいいから、何か収穫が欲しいところだ。
「……奥?」
「奥がどうしたんだ?」
「奥が怖いって」
奥って言うと、この広間の奥か?だが地図を見る限り採掘はここで中断されているし、実際にこの目で見る限りも先があるようには見えない。
「とりあえず、調べてみるか」
「ええ、そうしましょう」
若干疑念はあるが、今は藁にもすがる思いだ。とにかく広間の奥を捜索してみる。
鉱山内は当然ながら誰もいないため、俺達が特に音を立てない限り辺りは無音に包まれる。稀にどこかにいるコボルドが立てたであろう物音が反響して聞こえてくることはあるが、本当にごくわずかだから誰も気に留めることはない。もしかしたら俺以外には聞こえてないかもしれないな。
しばらく全員が無言で捜索を続けたが、やはりというか、先に道はないし、壁や床を見ても何か変わったところは見つからなかった。シルヴィアの『気配察知』にも反応は無かったとのこと。
「いっそのこと、エイムの銃でここらへん吹き飛ばしてみる?」
「おいおい、ここはダンジョンじゃないんだぞ。崩落の危険がある以上、迂闊な真似はできない」
ここの壁はそこまで硬いわけじゃない。カミラの迷宮くらい硬いなら少しくらい内部を傷つけても問題ないかもしれないが、ここで同じことをするわけにはいかないだろう。流石に埋め立てられて生き残る手段は手元にない。
「何もないことは無いはず。精霊は、虚無に対して反応したりしない」
「とは言ってもなぁ…」
これ以上は今の俺達じゃどうしようもない、というのが目の前にある事実。精霊が何の根拠もなく怯えないだろうということは、俺も何となく理解できるが…
そんな風に頭を悩ませていると、
「あ?…二人とも、今すぐそこから跳べ!」
突如として、発動させていた『危機察知』に反応があった。反応は下、つまり足元。俺は咄嗟に指示を出し、ほとんど同時に俺自身も飛び上がる。
「な!? くそっ!」
「エイム!!」
だが、足りなかった。いや、運が無かったというべきか。俺がさっきまでいた場所を中心に、大きな虚空が口を開ける。急いでラルを引き抜き、発砲の反動を利用して距離を稼ごうとするが、
(間に合わねぇ…!)
様々な危険性を理解していたとはいえ、『危機察知』を発動させていれば大丈夫だろうという小さな油断が、生まれてしまっていた。発砲するよりわずかに早く、俺の体は虚空へと落ちていく。
「エイム!手を!」
「…必ず戻る!二人は別の場所から…」
リーゼがこちらに向け手を伸ばしてくれたが、当然届くわけがない。俺は二人との距離がどんどん開いていくのを視界に収めながら、必死に空中で態勢を整えようと体を動かす。
体を捻り、穴の淵に接近する。穴の底は見えず、このまま着地すれば俺が死ぬのは確実だろう。
(だが生憎、初めての経験じゃないもんでね…!)
俺はサバイバルナイフを手に取り、弾かれないように全力で思い切り壁に突き刺す。凄まじい衝撃が右腕に襲い掛かるが、今は絶対に手を離すわけにはいかない。
ガリガリと壁を削りながらも、俺は落下を続ける。上を見上げてみるが、既に二人の姿が目視出来ない距離まで来てしまったようだ。どんだけ深い穴なんだよ。
いまだに油断は許されない状況だが、落下速度が落ちたことにより、俺にも思考するだけの余裕が生まれる。
(音は聞こえなかった。となると、何かの魔術が行使された?)
これだけの深い穴、物理的な攻撃で開けたなら、『危機察知』より早く俺の耳が反応するはずだし、攻撃の振動で二人も気が付くだろう。
だが魔術で開けられたにしても、無音でこれだけ長距離に影響を及ぼせるものか?あの黒ゴブリンが使っていた『グランド・ノイズ』でも、これだけ離れた距離まで射程は無かったはず。
そんなことを考えていると、今まで変わらない景色が続いていた下の方向に変化が訪れた。あれは…地面か!暗闇に慣れていたお陰で、かなり遠くからそれを知覚できた。態勢を整えるだけの時間的余裕はある。
(無謀もいいとこだが、やるしかない)
安全に着地をするにはもっと速度を落とさないといけないが、残念ながらそうする手段は。着地の衝撃に備え、体を強張らせる。
「くあっ…!」
地面にヒビを作りながら、俺は地に足を付ける。足は…よかった、折れてはないな。普通なら骨折どころの騒ぎじゃないが、三年で鍛え上げられた俺の体は辛うじて耐えてくれたようだ。飛び降り自殺はもう出来ないな。
「…安心してる場合じゃないよな」
着地する少し前から、言葉として形容できないほどの悪寒が、俺の体を襲っていた。そしてその原因は、間違いなく俺と同じ空間に存在している。
「さてと…言葉は通じるのか?」
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