148.拮抗する会議
「ひとまず調査を進めなければ…ヤツの所在を確かめないと」
「ですが仮に遭遇したケースを考えると、調査とはいえ少数で行動させるのはあまりにもリスクが高い」
「だが調査は性質上、複数回行わなければ意味がない。この街から捻出できる予算を考慮すると、そこまで何度も大規模な調査隊を編成するのは…」
「今は予算を渋っている場合じゃないでしょう!」
「そんなことは分かっている!それでも無い袖は振れんということだ!危険な調査を行う人間に、やりがい搾取をするわけにはいかんだろう!」
投票を終え、改めてコボルドの上位個体への対策会議を開始したわけだが…具体的な対策法を出す前段階で紛糾してしまっている。
誰の発言も間違っているわけではない。街を運営するにあたって金銭は絶対に必要なものだし、調査も軍人の安全を考えれば生半可な対策で送り出すわけにはいかない。
だが不思議かな、こういった場面を見ると、どうしても人間の意地汚い部分が見え隠れしているように感じる。そしてこの感性は、決して間違った感覚ではない。
「これ、俺達いる意味なくないか?」
「帰りたい」
「このレベルなら、私達が助言できることも無いでしょうし」
「まぁまぁ、そう言わずに。皆さんの知恵を貸してほしい時が必ず来ますから」
「…今日中に?」
「…それは少し、保証しかねるかもしれません」
俺達を宥めようとした菊川さんも、この様子には辟易としているらしい。ちらりと桜先輩の方へと視線を向けてみると、どうやら先輩も俺達と大差ない感想を抱いているようだ。
「皆さん一度落ち着いて…天崎さん」
「はい、なんでしょう?」
少し冷めた目で会議の様子を眺めていると、突然葛城総司令から名前を呼ばれる。その瞳には若干の懇願の感情が感じ取れ、何だか嫌な予感がする。
「カツロ山の調査…天崎さんのパーティーにお願いすることはできませんか?」
「確かに…彼らなら少数でも問題ない」
「彼らは一度独自で調査を行っています。実力的な心配もないですね」
…おいおい、俺達だって無給で働くわけじゃないんだぞ。勿論総司令は俺達を無給で働かせるつもりなんてないだろうが、会議の空気の変わりようを見るに、一部の出席者はそのつもりだと思う。
まぁ大方、俺達を動かすことが出来れば、街の戦力を削らずに済むとか、そんな魂胆を抱えているんだろう。今この場にいるのは、全員が街を動かす人間、時には非情になることも必要だというのは理解できるが…どうするか。
「ちょっと待ってください」
「…どうかしましたか、桜さん?」
どう返答しようかと頭を悩ませていると、俺が答える前に桜先輩が発言する。
「あくまで彼らは、私達を補助するために派遣された方々です。軽々しく救援を要請していい人員ではありません」
「…今はそんな綺麗事を述べている場合ではない!街の存続が懸かっているんだぞ!」
「だからこそ、です」
少し落ち着いたのか、椅子に座りなおした桜先輩は、反論を続ける。
「英夢君は日本人ですからこの意識は薄れているかもしれませんが、彼らはマーティン軍の精鋭部隊。つまり、他国の部隊です。彼らに依存することは、アルスエイデンに依存するのと同義…皆さんなら、この危険性は分かるでしょう?」
「「「………」」」
「私達が国土を守るため、どれだけの苦労をし、どれだけのものを犠牲にしてきたか…その労力を、この危機で無駄にするつもりですか?」
…薄々は感じていたが、やはり相当な苦労をしてきたんだろうな。日本とアルスエイデンでは、戦力的な面と、情報的な面の両方でも全く勝ち目が無かったはず。それでも三年間国を存続させたというのは、凄まじい偉業だ。
「無論、彼らに乗っ取りの意思がないのは確認済みですし、向こうの総司令と会話してみた感触では、その意思はないと思います。でも、あくまで現状は、です。将来的にどうなるかは分かりません」
「…確かにそうですね。少し、考えが甘くなっていたかもしれません」
「ですが、だとしたらどうするのです?このままでは事態は平行線ですよ?」
俺達と同じように会議の長期化にうんざりした様子の出席者の一人が、言葉に苛立ちを乗せて桜先輩に質問する。会議を引き延ばしているのは桜先輩ではなく他の人間だが…そんなことは、あの人には関係ないんだろうな。今この場に正真さんがいなくてよかった。
「…残念ながら、彼らに頼るほかないでしょうね。我々の軍事力では、調査を完遂させるのは不可能に近い」
「はっ!結局そうなのではありませんか!一体貴方は何のために口を挟んだのです?」
「私が言いたいのは、易々と彼らの力を頼ってはいけない、と言うことです。はっきり言いますが、総司令が彼らへの依頼を提案したとき、皆さんはこう思いましたよね?「彼らなら報酬も安く済むし、最悪使い潰しても困らない」と」
「…そ、そんなことは」
「逆です。彼らは向こうでも最高戦力に位置している部隊、それに日本人の彼の実力は、葛城総司令を優に超えます」
その言葉を聞いた出席者達は、みな一様にざわめき始める。そういえば葛城総司令は、その地位にありながらこの街最強の存在って話だったな。物腰柔らかだし、戦っている場面は見たことがないからいまいち実感がない。
「彼らを動かすのはそれ相応の報酬が必要ですし、もし彼らを戦死させるようなことがあれば、最悪マーティンがこちらに牙を剥きます」
「…貴方が言いたいことは理解できました。しかし、この街に余裕がないのは変えようのない事実。そして彼らの力を借りなければ、調査を行うことさえ難しい」
「ですから、彼に尋ねてみるしかないでしょう」
「…?」
「彼らが望む物を。誰もが金銭や物資を望んでいるわけではありませんから」
…なるほど。そういうことですか、先輩。
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