147.運命を分ける投票

「…はい、皆さん集合しましたね。それでは、定例会議を開始させていただきます」



 カツロ山でのコボルド大量討伐依頼を完了させてから数日後、今日は定例会議、つまりカツロ山の行く末を決定する投票を行う日だ。



「本日の議題は、前回に引き続き、カツロ山を占拠している上位個体のコボルドについてです。私が提案したカツロ山の爆破についての投票を…と、行きたい所なのですが」



 葛城総司令は一度言葉を切り、小さくため息を吐いてから続きの言葉を紡ぐ。



「先日通達致した通り、天崎さんのパーティーがカツロ山に入山した際、前回我々が遭遇した地点に件の個体の姿はなかったようです」

「…報告は聞いたが、それは本当なのか?」

「確かな情報です、彼らが嘘をつくメリットがありません」

「事実です。話にあったような、巨大な体躯を持つ個体とは遭遇しませんでした」



 実は遭遇していて、いつの間にか討伐していた、なんてことは流石にないだろう。もしそんなことがあれば、この街には別の問題が浮上する。



「…報告自体は貴重な情報提供に感謝しなければなりませんが、こちらの許可なく遭遇地点に赴くのは称賛し難い行為ですね。もし遭遇していた場合、一体どうするつもりだったのです?」



 会議に出席している軍人の一人が、俺達の行動に対して遠まわしな苦情を入れてきた。予想通りの反応に、俺は脳内に用意しておいた台本帳を開く。



「それは勿論、即座に撤退していましたよ。こちらのパーティーは全員が索敵系のスキルを所持していますので」



 リーゼは使ったことが無いが、多分何かしらあるだろ。無くても暗霊が教えてくれそうだ。



「索敵系のスキルを無力化してくる魔獣だっているだろう、不可視の存在を過信するのは感心できないな」

「自身の能力を信用できなければ、何も信用できません。自分達は全員が『黒』の魔獣を目にしていますし、『黒』へと至る前の魔獣も目撃しています。今回鉱山を占拠した魔獣がそれに該当するか、この目で判断するのが一番だと思ったからこその行動です」

「む、むぅ…」



 俺達の行動に対し、何かしらの苦情は予想していたから、こちらもそれに対する返答は予め用意しておいた。日本人、特に上層部の椅子に座る人間は、下の人間の勝手な行動を嫌がるからな。



「まぁ、「勝手な行動」であることには反論のしようがありませんが」

「まあまあ、お陰様で重要な情報を持ち帰ってきてくれたことですし、ここは大目に見ておきましょう。皆さんあまり時間的余裕もないでしょうから」



 最後に葛城総司令が助け船を出してくれたことにより、俺達への追及の手は止まる。この手の生産性のない追及は勘弁してほしい。



「これは皆さん理解していると思いますが、天崎さん達のパーティーが遭遇しなかったからと言って、我々の部隊を壊滅に追いやったあの魔獣がカツロ山を去った保証には一切なり得ません」

「まぁ、それは当然ですね」

「そういった可能性が出てきた、というだけの話ですから」

「はい。ですが、それによって意見を変えたいと思う方もいるでしょう」



 この街での貴重な収入源になっている鉱山を爆破させる。そう簡単に決断できる選択ではない。そして今回、俺達がその選択を回避できる可能性を持ってきてしまった。



「投票日を引き延ばすことも考えましたが、これ以上この議題を引きずるわけにはいきません。予定通り、投票はこの場で行います」



 周りを見渡してみると、まだ思い悩んでいるような表情をしている人が多い。どちらを選択したとしても、この街はしばらく余裕のない状況が続く。簡単な選択ではないし、悩むのも分かる。



「先ほど配布した投票用紙に、爆破に賛成なら〇を、反対なら×をお願いします。用紙を折りたたんで、こちらの箱に入れてください」



 一番に席を立ったのは桜先輩だ。箱に用紙を投げ入れ、スタスタと席に戻る。



「即決ですね、先輩」

「悩んでいて上層部が硬直しているこの状況が一番良くないもの。ただでさえまだこの街には問題が山積みなんだから、立ち止まっている暇はないわ」



 失敗を恐れずにとにかく前へと進む。経営者の思考はしっかりと子供へと受け継がれているらしい。


 その後もポロポロと箱の中に用紙が入れられ、時間にして約10分後、最後に葛城総司令自身が票を入れて、全員が票を入れ終わった。どうやら開票と集計は菊川さんが行うらしい。



「「「………」」」



 出席者達は、静かに票の集計が終わるのを待っている。辺りにはピリピリとした雰囲気が立ち込め、緊張する必要のない俺達まで体が強張るのを感じる。



「はい、集計完了いたしました」

「…結果は?」



 この場の全員が固唾の飲み、菊川さんの次の言葉を待つ。



「──反対多数。爆破は中止、ですね」

「「「………」」」



 固まっていた空気が、一気に弛緩するのを肌で感じる。出席者の内心には、落胆、安堵、その他様々な感情が渦巻いているだろうが、それを表情に出す人間は一人もいない。


 そしてカツロ山の爆破を提案した張本人である葛城総司令は、少しの間瞳を閉じて落ち着けた後、静寂を切り裂くように口を開いた。



「では、本格的に攻略のための作戦を組み立てていきましょう。今日の会議は長くなりそうですね」



 葛城総司令が、内側にどんな感情を秘めたのかを知るものは彼以外存在しない。だが総司令はその感情を表に出さず、あくまで自分の役割に徹することを選んだ。



 集団のために自分を捨てる、組織の上に立つ者としてはこれ以上ない素質を持った人物だな。俺には絶対にできない。

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