146.帰宅、そして報告

「おかえりなさい」

「…ただいまです」



 自宅じゃないのに「おかえり」と言われる。マーティンでシルヴィアと同居を始めた頃と似た違和感がある。どうやら二人も同じような感覚に襲われているらしく、どう反応すればいいか分からないようだ。



「任務はどうだった?」

「アクシデントもありましたけど、特に危なげなく完了できましたね」

「ちょっとコボルドは物足りなかったかも」

「あはは…あなた達ならやりかねないかもとは思っていたけど、一日で100体のコボルドを狩ってくるかぁ」



 俺達にとってはどちらかというと時間制限の方が敵だった。あとはちゃんとコボルドが100体出現してくれるかどうかだな。いくら俺達でも、そこにいない魔獣を狩ることはできない。



「おかえりなさいませ、丁度夕食の準備が完了したタイミングでお帰りになられるとは…まさかとは思いますが、狙っていましたか?」

「…それはこっちのセリフですよ、菊川さん」



 帰りの時間はある程度指定されていたからあり得なくはないが、まぁ普通は帰りのタイミングピッタリを見計らうことは不可能。だが、菊川さんならやりかねないという思いがどこかにある。



「革袋の使い心地はどうでした?」

「期待以上です、マーティンに持ち帰りたいくらいでした」



 鉱山内ではあまり革袋のことは気にしなかったが、裏を返せばそれだけ臭いが気にならなかったということ。臭いが籠りやすい環境の鉱山内で気にしなかったというのは、それだけ革袋の性能が優れていることを示している。


 強いて言えばもう少し袋のサイズが大きければ利用しやすいと思ったが、それは俺達がそれだけ大量の魔獣を討伐しているからこその感想だ。普段使いならこのくらいで十分だと思う。



「じゃ、三人の所感は食べながらにしましょうか」

「了解です」

「…お腹すいた」



 …流石に人様の家だから自重気味だが、この二人はその華奢な体躯からは想像できないほどよく食べる。招待された身とはいえ、食費くらいは支払った方が良いな。その方が二人も遠慮無く食べられるだろうし。


 唯一負担になるのは菊川さんだが、多分嫌な顔はしないだろう。わざわざあの微妙に似合わないエプロンを着ているあたり、料理は好きなんと思う。三年前も同じ感想を抱いたが、菊川さんの体が急成長したことでそのダサさに磨きがかかっている。



 食卓に並んでいるのは、おいしそうに湯気を上げているハンバーグ。今日は洋食らしい。



「「「「いただきます」」」」




♢ ♢ ♢




「…なんですって?上位個体はいなかった?」

「はい。少なくとも出現が確認された場所に、姿はありませんでした」



 「話は食べながら」ということだったが、あまりのおいしさに一同が無言のまま食べ進めてしまい、今は食後のティータイムを楽しんでいるところだ。内容が内容なので、菊川さんにも食器洗いは後にして同席してもらっている。



「ふむ…こちらが攻略部隊を編制したときにはあの場所に鎮座していたのですが、意外と鉱山内を駆け回っているのでしょうか?」

「それはそれで、今まで一度もトウキョウの人間が目撃してないのは不自然じゃない?」



 確かに、ずっとあの場所にいたとなれば今まで目撃がなかったのも頷けるが、鉱山内を移動しているのならば、誰かしらと遭遇していたとしてもおかしくない。いくらあの任務が不人気とはいえ、依頼を受ける人間が皆無なんてことはないだろうし。



「…ああ、それともう一つ。帰りに鉱山に無断で入った侵入者を発見しました。彼らの話によると、他にも侵入口があるみたいですよ」

「では、上位個体はそこから?」

「…どうでしょうか。その上位個体をこの目で見たわけではないので断言はできませんが、そこまで大きな侵入口が今まで見つかっていなかったというのは考えにくいと思います」

「そうね…あまり楽観視をするべきではないと思うわ」



 桜先輩も俺達と同じく、まだ目標は鉱山内にいるという結論に辿り着いたようだ。



「それと、鉱山内で他の上位個体を見なかったのも少し気になりましたね」

「…?どういうこと?」

「マーティンに黒ゴブリンが接近して来た時には、これだけ遭遇すれば一体くらいは上位個体に遭遇しました。これだけの数を狩って、一匹も上位個体を見ないのは不自然です」



 恐らくまだ見ぬ親玉は黒化していないと思われるが、それにしても一匹も上位個体が生まれていないというのは考えにくい。親玉がいなくても、これだけ勢力を広げていれば普通は一匹や二匹は目撃するはず。



「…やっぱり、考えれば考えるほど相違点が多すぎます。鉱山に巣食っているやつは、黒に近づいている個体とは別物なのかもしれません」



 鉱山内に足を踏み入れた時に感じた、あの悪寒を思い出す。あの感触を結局突き止めることは出来なかったが、間違いなく今回見つけられなかった『ヤツ』と、何か関係があるはず。



 もしかしたら…もっととんでもない、黒なんか問題にならないくらいの化物が、あの場所には居るのかもしれない。

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