145.統率者の手腕
「はい、次の方ー!」
「報告お願いします」
街に戻り、早速軍に向かった俺達は、緑色の窓口に並んで任務の報告を行う。予期しないトラブルもあったが、なんとか日が落ちる前に街に戻ることができた。これなら滞在先で待つシェフの要望にも応えられそうだ。
「はい、承ります。コボルドの討伐…ああ、こちらの方ですか」
「こっちの中が討伐証明です」
ドサリと革袋を机の上に置く。今回はコボルド狩りが目的というよりはカツロ山の調査が主目的だったため、最低討伐数の100体を少し超えるくらいしか討伐はしていない。
ちなみにケイヴラットは証明部位である牙が消し飛んでいたため、魔石以外は持って帰って来ていない。皮はしっかりと処理すればそれなりの額になるらしいが、シルヴィアでも処理の方法を知らなかったので回収は諦めた。
「確認いたします。因みになんですが、任務は三人で?」
「はい」
「そうですか…やはり、鉱山の依頼は少人数の方が達成率が高いですね」
それはそうだろうな。整備されてある程度の道幅があったとはいえ、坑道内は非常に狭い。人を増やす利点が無いわけじゃないが、少なくとも戦闘面では利点が薄い。いつかの俺のように単独で行動するのは絶対におすすめしないが、3、4人くらいがベストだと思う。
「あ、あと既出の情報だったら申し訳ないんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「鉱山の奥地にケイヴラットが棲息していました。確認したのは一体だけでしたが、念のため報告しておきます」
「ケイヴラットですか…?ここ一年ほどは目撃情報が無かったのですが…人が入らなくなったので、戻ってきたのでしょうか」
「どうかしら。本当に奥地だったから、生き残りがまだ残っていた可能性もあると思うわよ」
「…どっちでもいいと思うけど」
「それもそうですね、一応報告にあげておきます」
「お願いします」
ケイヴラット自体はそこまで脅威ではないが、ヤツには稀に毒持ちがいる。こういった手合いは、ある程度慣れた軍人が油断しがちであり、大抵痛い目を見るものだ。毒の種類も定まっていないから、攻撃を貰ってからの対処は中々難しい。
「…確認、完了しました。証明部位合計121。規定数に到達していますので、これで任務完了になります。こちらが報酬になります」
「ありがとうございます」
「それと、今回魔石の提出はありませんでしたが…」
「あー、魔石はこっちで使い道があるんで、すいません」
「100を超える魔石の使用用途が?…おっと、あまり詮索するわけにはいきませんね、失礼いたしました」
正直もう銃について隠す必要はない気がしてきているが、特に公表する必要もないんだよな。毎回ラル=フェスカについて説明するのも滅茶苦茶面倒だし。
「では、ありがとうございました」
依頼報告も完了したので、俺達は軍本部を後にする。日は傾いているが、まだ落ちてはいない。滞在先である桜先輩の自宅に向かいながら、しばしの間雑談に興ずる。
「…本当に良かったの?最奥地に目標がいなかったこと、報告しなくて」
「ああ。あの場で報告しても、あの受付を困らせるだけだ。どうせ上に伝えるなら、俺達にはもっと融通の利くコネクションがあるだろ?」
「そうね、菊川さんあたりにお願いすれば、直接葛城総司令まで報告してもらえそうだし」
この情報は下手に拡散させるわけにはいかない。あの場所にいなかっただけで、まだカツロ山内にいる可能性はある。
そんな状態で、もし「いないかもしれない」なんて噂が流れたら。街の空気は多かれ少なかれ弛緩してしまうだろう。いなくなった確証は一切ないというのに。噂に尾ひれがつき、「いなくなった」に変わってしまうかもしれない。
空気が緩むこと、時と場合によっては必ずしも悪というわけじゃないが、少なくともこの街の上層部はそれを望んでいないはず。
この街からすれば、俺達はあくまで部外者。軽率な行動で街をかき乱すつもりはない。あの受付の口の堅さが分からない以上、俺はあれで良かったと思っている。
「…面倒だね、人族って」
「もしダークエルフのコミュニティが大きくなれば、同じような問題に直面すると思うぞ。コミュニティが大きくなれば出来ることは増えるが、それだけ面倒事も増えてくる」
「そういう時に、統率者の手腕が試されるってわけね」
「ふーん…因みに、二人から見てこっちの総司令の手腕は?」
…難しい質問をするな。人の上に立った経験なんてクラスの委員長レベルすら皆無だというのに。
「まぁ、悪くはないだろ。トウキョウの街を三年間でここまで世界に適応させたんだ。一人の力じゃないにしても、並大抵の力量で出来ることじゃない」
「そうね。強いて気になることを言うとすれば、マーティンに比べて総司令の権限が弱い気がするわね。緊急時の対応には遅れが出そうだわ」
それはありそうだな。多分、民主主義の名残だろう。マーティンではもし総司令の席に独裁者が座っても、反乱という形でその椅子を奪い取ることが出来る。
トウキョウでも戦い慣れた今なら不可能ではない気がするが、手に入れた力を同族へと向けるのは、まだまだ抵抗に感じる人が多いだろうな。
…人を殺せる日本人なんて、こうなった世界でも少数派だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます