144.英夢の苛立ち

「──ぁ」



「…近いな、もうそろそろか」

「ええ。そこの曲がり路かしらね」

「ん、地図だとこの先は行き止まり。来るときにも通ってない」



 一応上位個体の目撃地点まで真っすぐ進んだため、地図になかった横道以外には一切足を踏み入れていない。そのせいで見逃していたみたいだな。



「いた」

「…結構危なそう?」

「ああ」



 俺達の視線の先には、ツナギを来た小柄の中年の男性が二人。あれは足を先に潰されてるな。僅かだが足元の地面が赤く染まっている。中々知能が高い。


 彼らから奪ったものかどうかは分からないが、コボルドはピッケルを手にしている。岩を砕くための道具が、人間を傷つけることが出来ないわけがない。



「…まぁ、流石にここで見捨てるのは後味が悪いか」

「…へ?」

「死にたくないなら動くなよ」



 瞬時にラル=フェスカを抜き、数体のコボルドを全滅させる。わざわざ二人の至近距離に銃弾を通らせたのは、勿論わざとやったことだ。



 コボルドは悲鳴を上げることも出来ず、体を爆散させる。もう必要討伐数は達成しているので、今更証明部位を気にする必要もない。



「き、君達は…?」

「助けに来たわけじゃないぞ、どっちかと言うと捕まえに来た側だ」

「理由は、分かるわよね?」

「「………」」



 流石に罪の自覚はあったらしく、二人は俯いたまま黙りこくってしまった。



「くそっ…確実にバレないんじゃなかったのかよ!」

「バ、バレたのはお前が欲張ってコボルドに勘づかれたからだろ!お前がどうしてもって言うから侵入口を教えてやったってのに…」

「ちゃんと情報量は支払っただろうが!今更そのことをグチグチと…」

「お前ら、今の状況理解してんのか?」

「それ以上騒ぎを起こすようなら、このまま見捨てて帰るわよ?」

「コボルドに殺されたいならご自由に」



 俺が言えた話じゃないが、二人とも辛辣だな。ま、当然っちゃ当然なんだけど。



「ま、待ってくれ…頼む。殺さないでくれ」

「死地に来たのはあんたらだろうが…とりあえず、軍に引き渡すまでは連れて行ってやるからはやく立て」

「あ、足を怪我してるんだ。肩を貸し…」

「甘えるな。二人とも片足は無事だろ、互いで支え合え」



 この後に及んで何を要求してるんだか。犯罪者云々を抜きにしても、見ず知らずのおっさんに肩を貸すわけがないだろ。



「生きるために犯罪に手を染めることを、俺は責めようとは思わない。俺も本当に必要なら同じことをするだろうしな。だがその道に進んだ以上、慈悲を求めるな、他人を求めるな」

「「………」」



 俺の言葉が効いたのか、明らかに委縮してしまった二人はそれ以上こちらに話しかけて来ることはなく、小声で話し合いながら、何とかその場から立ち上がる。



「ペースは合わせる、一番うしろを付いてこい。俺達は索敵系のスキルを複数所持してるから、後ろは心配しなくていい」

「ああ、分かった…」



 暗に逃げ出そうとしても無駄だと伝え、俺達の足は出口へと向かう。



(…随分辛辣だったね、珍しい)

(二人もな)



 だが、いつもより口が悪くなった自覚は確かにある。こういう無責任な大人が一番苛立つんだよな。特にこういった場所だと余裕がなくて、つい配慮というものを忘れてしまう。


 だが悪いことをしたとか、言い過ぎたとかそういったことは一切思っていない。むしろ俺みたいな成人したての子供に説教されたことを、二人にはもっと反省してほしい。



 先程二人にも言ったが、犯罪という悪事に手を染めたこと自体を、俺は責めようとは思わない。俺も本当に必要なら盗みを働くし、人を殺めることだって厭わないだろう。


 だが、自分が為したことには全て責任を持つ。それは別に悪事に限った話じゃない。もう子供じゃないんだし、場合によっては子供だからという言い訳すらきかない世界だ。



(ま、見るからに俺の発言が効いたみたいだし、反省はしてるだろ。挽回のチャンスがあるかは知らないが、もしあれば更生するんじゃねえか?)

(そうね。偶には良いことするじゃない)

(偶に…?)



 …まぁ俺自身、善行をしてるイメージはかけらもないけど。




♢ ♢ ♢





「戻ったか」

「…人数が増えてるな?」

「ええ。どうやら別の出入口があったみたいです」



 あれからは特にこれといった事件もなく、二・三回戦闘をして無事に出口まで辿り着くことができた。勿論後ろの二人も無事だ。足の出血がそろそろ何らかの後遺症を残しそうにも見えるが、まぁ大丈夫だろう。



「何故ここまで盗掘者が減らないのかと疑問に思っていたが…そうか、別の出入口か」

「出入口についての話はしていないので、それはこの二人に聞いてください」

「後は任せて良いんだよね?」

「ああ。もうそろそろ交代の奴らがくるはずだから、その時に街に連れて行こう…お前ら、大人しくしておけよ」

「…分かってる」



 二人はこれまでの緊張状態が解けたのか、足を労わりながらその場にへなへなと座り込む。



「興味本位なんですけど、二人にはどんな刑罰が?」

「うーん、俺達も詳しくは知らないんだが…軍の方で無給の強制依頼が課されるらしい」

「噂だと下水道の処理施設に送られるとかいう話があるな」



 へぇ…そういえばあまり意識してなかったが、トウキョウは街に発展度合いに比べ、そういったインフラがかなりしっかりと整備されている気がする。



「…じゃ、俺達は帰ります」

「ああ。流石に大丈夫だと思うが、帰りも魔獣の出現はゼロじゃない。油断はしないでくれよ」

「ええ、ありがとうございます」

「…待ってくれ」



 俺達が門番達に背中を向けたタイミングで、おっさんが話しかけてきた。何かと思って振り返ると、おっさんはいつの間にか立ち上がり、深々と頭を下げていた。



「助けてくれてありがとう。この礼は、いつか必ず」

「…ああ、楽しみにしとくよ」



 俺達は微笑を浮かべ、今度こそ帰路へと進む。


 たまにはお節介を焼くことも、悪くはないかもしれないな。

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