143.消えた探し物

「…ここまで来るつもりはなかったんだけどな」

「仕方ない」

「思ったよりもコボルドの数が少なかったわね…やっぱり、黒ゴブリンの時とは何か違うみたいね」



 あれから最初に遭遇したような集団に出会うことはなく、5・6匹の小さな群れが点在している程度だった。もしかしたらあの大群は、門番的な存在だったのかもしれない。


 結局この場所に来るまで上位個体には出会わず、その全てが一般的なコボルドと大差ない個体ばかりだった。もしかしたら中には上位個体が混じっていたかもしれないが、少なくとも体格的に大きな個体がいなかったのは確かな情報だ。



「ここだよな?」

「ええ、地図を見ても間違いないわ」

「最奥…でも、うん?」



 地図によれば、この先は行き止まりであり、かなり開けた空間になっているはず。そして、コボルドの上位個体と思われる個体がいる場所、なのだが…



「…おかしいわね、『気配察知』に反応がない」

「トレントみたいに、隠蔽系のスキルを持ってるのか?」

「可能性はある。でも、限りなく低い」



 上位個体なら通常種が持っていないスキルを所持していてもおかしくないが、トウキョウの軍隊を撤退させるほどの戦闘力を持った個体だ。隠蔽系のスキルに目覚めるというのは少し考えづらい。



「…一旦入ってみるか」

「ちょ、危ないわよ?」

「そんなことはここに入った時から承知の上だろ。俺の『危機察知』なら、隠蔽系のスキルを持っていたとしても反応できる」



 それに、この中で夜目が一番効くのは間違いなく俺だろう。もし向こうに先手を取られていた場合でも、攻撃を避けられる可能性は一番高いはず。



「今から戦ってる暇はないわよ?」

「分かってる。だけど、姿くらいは見ておきたい」

「…はぁ、仕方ないわね」



 シルヴィアも無事に折れてくれたので、俺は最奥の広間へと足を踏み入れる。場所が広いため、辺りはより一層暗く、俺でも広間全体を見渡すことはできない。なんとなく、キマイラと戦ったあの場所を思い出す。



「………」



 『危機察知』を発動させ、神経を集中させながら、俺は一歩一歩踏みしめるような速度で中心へと進んでいく。辺りには放置されたピッケルなんかが散乱しているから、もしここで戦闘するなら足場には気を付けないといけない。



(…何も起こらない?)



 恐らく中心と思われる場所までやってきたが、向こうからの攻撃は来ず、気配も感じない。



「……!!」

「KYUI!?」

「エイム!?」

「…大丈夫だよ、シルヴィ」



 発砲音を聞いてシルヴィアが驚いた声を上げるが、俺が撃ったのはコボルドではなく…



「…鼠、ケイヴラットって奴か?」



 微かな音を頼りに撃った場所には、辛うじて原型を留める巨大な灰色の鼠。巨大と言っても、体格はゴブリンの半分程度だ。俺の知識が間違っていなければ、ケイヴラットと呼ばれる魔獣だったはず。


 戦闘力は大したことないが、体内に毒性の菌を持った個体が稀にいるため、噛まれた際にはすぐに処置しなければいけないと図書館の資料には書かれていた。



「ケイヴラット…この鉱山で見るとは思わなかったわ」

「希少な魔獣なの?」

「いえ、そういうわけじゃないわ。ただ臆病な魔獣だから、天敵がテリトリーに来るとすぐに住処を移しちゃうの。ここは以前人の手が入っていたし、今はコボルドに占拠されている状態でしょ?」

「ってことは、こいつは逃げそびれた個体か?」

「そう考えるのが自然でしょうね」



 『混沌の一日』以前は、こいつにとって最適な住処だったんだろう。だが世界が混じり、彼らにとっては不運にもトウキョウの付近に出現してしまった。そこからは見つからないように逃げ出し、あるいは討伐され、徐々にその生息数を減らしていったんだろう。



「だけど、この個体が生き残っているってことは…」

「俺達の探し物は、ここにはいないみたいだな」

「もしかして、鉱山を後にした?」

「入り口には見張りがいるが、他にトウキョウが認知していない出口があるのかもしれないな…もしくは、この坑道内を徘徊している可能性もある」



 坑道は鉱石資源の運搬も考慮しているため、戦闘だと狭く感じるものの実際はかなり横幅は広い。流石にあの黒ゴブリンレベルのサイズまで成長しているなら通ることは出来ないだろうが、そうでないなら移動している可能性も捨てきれない。



「…多分、まだこの鉱山内にはいる」

「なんでそう思うんだ?」

「さっきから暗霊が大人しい、まるで何かの存在に怯えてるみたい」



 …あの悪戯好きな暗霊が、大人しいか。俺達が感じ取れない何かの気配を、感じ取っているのだろうか。少なくともこの場所に探し物がいたのは間違いないみたいだな。



「…………ぅぁあ」

「…! 二人とも、今の聞こえたか!?」

「え?」

「聞こえた、人の声。…多分、悲鳴」



 そんなことを考えていると、聞き慣れない音色が俺の耳に届く。



「もしかして!」

「盗掘者だろうな、まさか本当にいるとは」

「どうする?」

「…助ける義理はないが、どの道今から帰るんだ。ついでに様子を見に行こう」

「ん」「了解よ」



 俺達は少しだけ足を速め、悲鳴の元へと移動を開始した。

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