142.あの時との違い

「シルヴィア、そこの二匹頼む!」

「了解!」



 正確な射撃で腕のみを吹き飛ばし、無防備になったコボルドをシルヴィアが黒剣で一気に切り裂く。最早単純作業と化しているこの動きを繰り返すこと、もう30分。



 俺達の実力なら手分けして討伐にあたっても問題ないのだが、如何せん鉱山内のため通路が狭く、そこまで大規模な戦闘が行えない。この弊害が特に大きいのがシルヴィアで、現状だと自慢のスピードを生かした戦闘が出来ない。



「はぁ…中々にフラストレーションが貯まるわね」

「こればっかりはしゃーないな」



 俺もこの手の魔獣相手だと手加減しないといけないから、結構ストレスなんだよな…いや、待てよ。



「ちょっと次の獲物貰うぞ」

「ええ、どうぞ?」



 俺はフェスカを握る左手に神経を集中させ、フェスカの中に弾丸が生成されるギリギリ、最低限の魔力量で射出する。



「WAOU!?」

「…ダメだな、これでギリギリなら時間がかかりすぎる」



 弾丸を受けたコボルドは辛うじて原型を留めているものの、一旦構えてから弾丸を打ち出すまでがあまりに遅い。魔力制御の鍛錬をしてこれだから、現実的な方法ではなさそうだ。



「うーん、何とか証明部位だけ残せれば楽に狩れるんだけどな…」

「それも、仕方のないことね」

「『土礫クレスト』」



 俺とシルヴィアが不満を垂れている間に、リーゼが最後のコボルドを岩の弾丸で仕留め、長い戦いは一旦幕を引いた。一見すると俺達と違い弊害の無さそうなリーゼだが、この場所だと森で使っていたような拘束系の精霊術の行使は難しいらしい。


 出来ないことはないそうだが、余分の魔力を消費するうえ、効力もそこまでとのこと。その分、さっきみたいな打撃系の術はいつもよりも高い威力で使えるらしいので、一番弊害がないのはリーゼと言っていいだろう。



 だが、やはり皆何かしらこの環境の影響を受けていることには変わりない。コボルド程度なら何の問題もないが、もしこの先に待ち受けているであろう親玉と対峙したときのために、ここでの戦闘にもある程度慣れておかなければならない。



「討伐数的には…そこそこだな」

「ええ、あと2回くらい同じような戦闘をやれば、とりあえず最低討伐数は達成できそうね」

「…エイム、何かあるの?」



 俺の煮え切らない表情を読み取ったのか、リーゼが怪訝そうに尋ねる。別に戦闘自体は何も問題ない、それは紛れもない事実。だが…



「前の黒ゴブリンの時と、なんか違う気がするんだよな」

「それは私も感じていたわ…私が見逃してのければ、さっきの戦闘、上位個体を一体も見かけなかったと思うのだけれど」

「ああ確かに、違和感の正体はそれか」

「言われてみれば。前はこれだけ狩れば、絶対一匹くらいはいたはず」



 リーゼの言う通り、黒ゴブリンの時は、こういった何気ない軍勢の中にも、必ずと言って良いほど上位個体が混じっていた。だが今回はゼロ。どっちの状況が不自然なのなかは分からないが、確実にあの時とは状況が異なる。



「…まだ黒化はしてないってことなのか?」

「決定づけるにはまだ情報不足だけど、その可能性は高そうね。黒化を阻止できたダレビエトレントの時も、上位個体らしき魔獣はいなかったはずだし」



 一から十まで憶測でしか語れないが、ひとまず最悪の事態には至ってなさそうだな。安心できる要素には一つもならないものの、手遅れでないという可能性が見えただけでも、成果としては大きい。



「それはそうと…この場所、あまり良い労働環境とは言えないな」

「そうね。普通の人は視界を確保するのにも一苦労しそうだし、何より土埃が…」

「…暗霊達にも居心地が悪そう。長居すると、精霊術にも影響が出るかも」



 坑道にランプのようなものが設置されていた形跡はなく、恐らく照明は各自で用意していたんだと思う。なんとなく察していたが、あまり待遇は良くなさそうだな。



(少なくともこの山の現状、正真さんは認知してなさそうだな。あの人がこんな場所に人をやるとは思えん)



 仮に何らかの理由でそうせざるを得ない状況だとしても、きっと桜先輩の耳には入らないようにするはず。先輩と親しい俺が鉱山に入らないよう、予め根回しをしておくだろう。依頼を持ってきたのは菊川さんだし、工作できる場面はいくらでもあった。



「トウキョウの労働者は辛そうだね」

「復興のために無茶せざるを得なかったんだろうが…やはりというか、まだ問題は多いみたいだな」



 かつての日本の首都、東京。街に入った時から何となく感じていたが、やはりこの世界に適応しきれていないというイメージが拭いきれない。綱渡りを偶々するすると進めているかのような、そんな印象を受ける。



(…ま、俺が心配する必要もない。それを心配するのは別の人間の仕事だ)



 それこそ、正真さんや葛城総司令の仕事だろう。そしてあの二人はそれを自覚しているはず。



「…雑談もそこそこにして、証明部位を回収してもう少し探索しておきましょうか」

「ああ、帰りを考慮してもまだ時間はある。もう少し何か成果が欲しい所だし」

「ん」



 俺達は口を閉じ、黙々と右耳を切り取り始めた。



 ……無言でこの作業をするの、ちょっと猟奇的だな。

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