141.悪寒

「ここか」

「ええ」

「…意外と小さい?」



 トウキョウを出てから、北へと歩いて1時間。辿り着いた先についた山は、リーゼの言う通り想像よりも小さい。とはいえ、山は山なので「小さい」って表現は似合わないけどな。



「本当にここ?」

「ああ、間違いないと思うぞ。ほら、アレ」



 俺は山の入り口らしき場所で、まるで門番かのように佇んでいる二人の軍人を指さす。恐らく侵入を防ぐってよりは、抜け出してくるコボルドの討伐にあたっているんだろう。



「…見ない顔だな、ここに何か用か?」

「現在この山は封鎖されている。用がないなら、速やかに立ち去れ」

(…何よ、随分と高圧的ね?)

(ま、そんだけピリついてるってことだろ)



 多分この二人も依頼でここにいるんだと思うが、常に警戒しなきゃいけないような場所に長時間いなきゃいけないんだ。そりゃストレスも貯まる。



「軍人の同伴があろうと、非戦闘者の入山は…」

「いえ、俺達は全員軍人です。ここには依頼で来ました」

「これ、依頼書」



 リーゼは二人に今回の依頼書を見せる。



「…本物だな」

「念のため、軍証の提示を頼む」



 …なんか随分と用心深いな。まるで鉱山に何か隠してるみたいだ。



「はい、これでいいですか?」

「…地方開拓軍?」

「なんだそれ、偽物じゃないのか?」

「は~、まさか入り口でこんなに時間がかかるなんて…」

「もう強行突破していい?」



 やめてくれ。



「マーティンから派遣された者です、聞いていませんか?」

「…そういえば、この前調査団が他の街の軍人を連れ帰ってきたって話を聞いたな」

「言われてみれば、そこの君は日本人だが、二人はそうでないようだな…まぁいいんじゃないか?」

「ああ、俺もそう思う」



 二人はようやく納得してくれたようだ。いくら何でも疑り深すぎるように感じたので、理由を聞いてみると…



「最近、身元を隠してここに入ってこようとする奴が後を絶たないんだよ」

「…お宝でもあるの?」

「そんなわけ…いや、ある意味ではそうかもしれない。あいつらは鉱石を掘りに来てるわけだからな」

「鉱石を?」

「ああ、侵入を試みる奴らは元々ここで働いていた人か、もしくは鍛冶を営んでいる人が大半を占めている。たまに雇われもいるな」

「正直、軍人を雇われたらこっちじゃ見分けがつかない。勘弁してほしいぜ」



 つまりは盗掘…なのか?それは。元々ここで働いている人達と、その材料を買い取っていた人達…まさか。



「もしかしてですけど、軍ではそういった人達に保証をしてない?」

「全くしてないわけじゃない。だが、足りないんだろうな」

「…それは軍が悪いんじゃない?あ、あなた達じゃなくて上の方のことね」

「今の軍に、ここで働いていた人達を全員養えるほどの財力があるわけがないだろ。それに軍に掛け合えば、一時的な働き口だって用意してもらえるんだ」

「勿論楽な仕事じゃないが…今の山に入るよりは幾らか楽だと思うんだがな、軍人って職業は」



 なるほど、つまりこの一件で職を失った人達を軍人として雇っているわけか。だが、軍人という職に対しての心理的障壁は、相当なものだと思う。戦いを知らなかった日本人なら尚更。


 …ま、それで禁止行為に及ぶのはどうかと思うけどな。日本人とはいえ、もう世界がこうなってから三年も経ってるんだ。そんな甘ったれた考えじゃ、この世界は生き抜けない。



「多分ないと思うが、もし人を見つけたら捕まえてくれ。今この山には誰もいないはずだからな」

「分かったわ」「ん」

「三人はここに来るのは初めてだよな、地図は?」

「一応、知り合いから貰ってます」

「そうか、くれぐれも気を付けてくれ。間違っても最奥まで進むなよ」



 流石に今回いきなり挑む気はない。しっかりと忠告は聞き入れよう。


 そう思いながら、鉱山へと足を踏み入れた瞬間──。




 ゾクッッッッッッッ。




「あ───ぐ!?」

「エイム!?」

「どうしたの?」



 突如として全身にビリビリと衝撃が駆け回り、俺は思わずその場で蹲る。



(なんだ…これ…!?)



 そのあまりの悪寒に、声を出す余裕もない。二人は何も感じてないようで、心配そうな表情でこちらを見つめている。


 俺はこの感覚に一つ、憶えがあった。



 俺が職球ジョブスフィアに、半ば強引に【死神リーパー】を移植された時の感覚、あの時程ではないが、なんとなく似通った衝撃だ。



(ってことは、これ長時間続くのか…)



 そう思っていたのだが、衝撃はあの時ほど長くは続かず、すぐに引いていく。



「エイム、どうしたの!?」

「分からん…なんか全身に衝撃が走った」

「…やっぱり体調が悪い?」

「いや、もう大丈夫だぞ」



 二人は何ともないみたいだから、グリゴールの時のように、凄まじい威圧感に俺がやられたってことはなさそうだ。



「どうする?今日はもう」

「何言ってんだ、別に怪我したわけじゃない。続行するぞ」



 二人が心配してくれているのは分かっているが、むしろ俺はこの衝撃の原因が知りたい。この先に、何かある。そう勘が告げていたから、やや強引に二人を説得して、俺は先に進む。






♢ ♢ ♢




 英夢が衝撃に身を震わせている間、違う場所でも同じく体を震わせる生物が一匹。



(なんだ…この予感は)



 その生物も不快感に身を捩らせ、その正体を疑問に思い、思案する。



(何かがやって来る…我の箱庭に)

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