139.依頼と任務

「んん~…良く寝れたな」



 先輩から励ましを貰った、その翌朝。いつもより気分よく起きることが出来たのは、決して気のせいじゃないと思う。



「さて、今日はどうしようかな…」



 カツロ山を行く末を選択する多数決までには、まだそれになりに日数がある。それまでの行動は特に指定されていないため、恐らく自由行動だと思う。


 とはいえ、自由にできるからと言って、特にやることは思いつかない。図書館とかあるかな…



 そんなことを考えていると、扉がノックされる。



「エイム、起きてる?」

「リーゼか。どうした?」



 扉を開けると、準備万端といった様子のリーゼの姿があった。



「今日は早いんだな」

「…違う、エイムが遅い」

「…マジか」



 部屋に備え付けられた時計に視線を向けてみると、確かに俺がいつも起きる時間より映画一本分遅い時間を指している。大寝坊なんて話じゃない。



「昨日は寝れなかったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどな…」



 むしろ昨日はいつもより早く就寝できたくらいだ。時間だけで見れば、いつもの1.5倍くらいは眠った計算になる。



「…旅の疲れが出たのかもな」

「ふーん…今日はやめとく?」

「やめとくって、どこか行く予定だったのか?」

「ん。カツロ山」



 …なるほど、まずは敵情視察というわけか。俺達に投票権はないが、桜先輩は参加するらしいし、俺達なりのアドバイスは出来るかもしれない。


 もし山を崩落させるなら、もう二度と行くことは出来なくなるし、そうなる前に一度行ってみたい気持ちはあるな。



「流石に最奥までの侵入は許可されてないわよ」

「…ま、そりゃそうか。おはよう、リーゼ」

「おはよう」



 シルヴィアはまだ私服姿だが、それでも鎧に着替えればすぐにでも出かけられるくらいには身支度を終えている。本当に今日は寝坊してしまったらしい。



「で、どうする?体調が優れないようなら、私達だけで行ってくるけど…」

「いや、俺も行くぞ」

「大丈夫?」

「ああ、問題ない」



 多分いつもよりぐっすり眠ることが出来たのは、俺の中で心境に変化があったからだろう。体調的な異常は全くない。



「それじゃ、食事を摂っていきましょう。菊川さんが用意してくれてるらしいわ」

「私達もまだだから、一緒に食べよ」

「わかった」



 流石に俺だけ寝間着姿なのもあれなので、少し待って貰っていつもの黒ローブに着替えてから食卓へと向かう。



「おはよう、よく眠れた?」

「おはようございます。ええ、お陰様で。昨日はありがとうございました」

「いいのよ、気にしないで」



 食卓には既に桜先輩が座っていた。どうやら俺が一番最後に起きて来たらしい。カミラの迷宮を出てから、こんなことは初めてだ。迷宮生活の影響で、睡眠がかなり浅くなってるんだよな。



「あれ、菊川さんは?」

「シルヴィアさんに頼まれて、依頼を取りに行ってもらってるわ」

「依頼?」

「…ああ、マーティンで言う任務ね。こっちでは依頼という形で軍が出したものを、軍人が選んで受諾する仕組みなの」



 へぇ。同じ軍でも、微妙に異なる部分があるのか。



「どうしても命にかかわることだからね。始めはマーティンと同じような形にしてたんだけど、斡旋という形だと嫌がる人が続出したのよ」

「なるほど」

「甘いね」

「あはは…耳が痛いわね」

「まぁまぁ、そこは文化の違いってことで勘弁してくれ」



 俺のように人を殺した経験のあるやつなんてほんとに一握りだし、動物を殺したこともないような人間がほとんどを占めていた国だ。虫でさえ殺したことのない人だっていたしな。



「…とにかく、菊川さんは今留守にしてるわ。朝食は台所に置いてるから、適当に食べて」

「分かりました」



 台所を覗いてみると、そこに用意されていたのはコンソメらしきスープとトーストが人数分。ここら辺はマーティンと余り変わりない。


 料理を食卓まで運び、合掌して朝食を摂る。



「そういえば、一応俺達違う所属だけど。トウキョウの依頼を受けても問題ないのか?」

「ええ、特に制約はないわよ。流石に依頼を横取りするような行為は推奨されてないけどね」

「現状のトウキョウは、採取依頼なんかは結構人気だけど、他の依頼は大体人手不足よ。むしろありがたいくらいだと思うわ」

「ただいま戻りました」



 丁度いいタイミングで、菊川さんが帰宅してきた…というか、なんでわざわざ菊川さんが出向いたんだ?



「依頼を受けることに問題はないけど、一応前例がないから許可取りにね。菊川さんや私なら、上の人にもスムーズに面会できるから」

「朝一番となると、他の仕事に追われて面会を断る方を結構いらっしゃいますからね」



 そりゃ朝の仕事が山積みな状態で急に面会なんて申し込まれても困るよな、気持ちは分かる。



「こちらが依頼になります。シルヴィアさんのご要望通りカツロ山の依頼で、尚且つあまり人気のない依頼を選択してきましたが…本当に良かったのですか?」

「はい。人気の依頼を選択するのは論外ですし、どうせ受けるなら埃をかぶった任務を受けるくらいが丁度良いですから」

「…しばらく体も動かしてないし、難しい方が良い運動になる」



 …人気のない依頼って、難しいっていうよりめんどくさい依頼だと思うんだが。どっちでもいいけど。



「じゃ。朝食を摂ったら、早速行ってみましょうか」

「ん」「りょーかい」



(…良かった、とりあえず表面上はいつも通りに戻ってるな)



 昨日は微妙な空気のまま解散してしまったから、今日はどうなるかと若干心配していたが、二人の様子を見る限り問題なさそうだ。


 一安心した俺は気合を入れるため、食事をガツガツと口の中へと放り込んだ。

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