138.先輩の後輩

「あ~、完全にミスった…」



 あれから夕食を済ませ、俺は一人部屋で夜風に当たる。


 あの話以降、なんとも言えない雰囲気になってしまった俺達。なるべくいつも通りを装ったつもり…というか、俺自身は本当にいつも通りだったが、やはり他の面々にとってはそういうわけにもいかなかったようだ。



(ま、そうなるよな、普通は)



 こういうのは本人より周りが気にしてしまうものだ。明日には普段通りに戻ってくれてると良いが。



「英夢君、少しいいかしら?」

「桜先輩、どうしました?」



 そろそろ床に就こうかといったタイミングで、扉がノックされた。扉を開け、先輩を部屋に招き入れる。



「ごめんなさい、寝るところだった?」

「いえ、構いませんよ」



 今日はほとんど動いていないし、体に疲れも溜まっていない。何なら徹夜でも全然問題ないくらいだ。



「…随分軽装で来たのね?」

「必要なものはこいつらくらいですから」



 そう言って俺は、腰に掛けた二丁の愛銃を軽く撫でる。長年の癖というか、寝る直前まで身に着けておかないとどうしても落ち着かないんだよな。


 俺の荷物らしい荷物と言えばコイツくらいなもので、他は緊急用の携帯食を何食分か持ってきているくらい。今回食事に関しては調査団が用意してくれるとのことだったので、いつもよりも大分少ない。



「銃、か…こういうことを言うのもあれだけど、よく使う気になったわね。あんなことがあったなら、トラウマになってもおかしくないと思うのだけど」

「まぁ実際、ちょっと複雑な気分ではありました。だけど選択肢はありませんでしたし、相性が良いのも…悔しながら、身をもって実感してましたから」



 あの時まで銃なんて触ったことすらなかったのに、吸い込まれるように相手の急所に命中したんだ。『適正がある』というあの光る球体の言葉にも納得するしかない。



「そうね…私も、そうだと思ったわ」

「…?」



 桜先輩の妙な言い回しに、俺は引っ掛かりを覚えた。



「ねぇ、英夢君。私達がこの前再会したとき言ったこと、覚えてる?」

「…すいません、どのことでしょう?」

「私が高校入学以前、英夢君と出会ったことがあるって話」

「…ああ、言ってましたね。そんなこと」



 あれから高校入学以前のことを思い出してみたが、全然記憶にないんだよな。それに、仮に出会ったことがあったとして、わざわざスカウトを考えるような場面だったとは考え難い。



 ……ん?いや、もしかして、



「もしかして、あの銀行ですか?」

「ええ、そうよ」

「あー…」



 …それはなんとまぁ。確かにあの時なら俺が覚えてないことにも納得が行く。そんな余裕はあの時の俺には無かったし。



「たまたまお父さんに付いて行ったら、あんな事件に遭遇しちゃって…あの時は、自分の運勢を呪ったわ」

「でしょうね、俺もでした」



 先輩の嘆息を見て、俺は苦笑いを浮かべる。あんな平和な国で銀行強盗に遭う確率なんて、交通事故よりよっぽど低いだろう。



「私は怖くて動けなかったけど…英夢君、あなたは動いた」

「そりゃあ、あの時はそうするしかありませんでしたから」

「だとしても…あなたが痛みに慣れていたとしても、あの場で行動を起こすは簡単なことじゃないわよ。それも、自分じゃなくて誰かのために動くのはとても難しいことだわ」

「…そうですか、ね」

「ええ、そうよ。私だって武術は嗜んでいたけど、本当に指一つ動かせなかったわ。隣にいたお父さんもね」



 多分、正真さんは桜先輩に危険が及べば真っ先に動いたと思うけどな。



「そういえば、その時菊川さんはいなかったんですか?」

「ええ、そうなのよ。そんなに時間がかかる予定じゃなかったから、車で待って貰っていたの。菊川さん、あの後真っ先に駆け込んできたのよ?」

「それはまた…お互い、随分と不運だったみたですね」



 もしあの場に菊川さんがいれば…いや、それを望んでも今更か。



「で、話を戻すけど。あの時の英夢君を見て、ビビッと来たのよ。あの子、私と同じかもしれないって」

「…同じ、ですか?」



 俺と先輩の間に共通点なんてあるか?少し考えてみるが、まるで思いつかない。



 先輩は手で銃の形を作り、俺の額へと向ける。



「私と同じく、遠距離武器の才能がある子なんだってね。昔から何故か分かるのよ、そういうものに適正がある人」

「…へぇ」



 多分、人を見る目があるってことなんだろうな。なんでそんな限定的な視点なのかはちょっと疑問だけど。



「お父さんに連れられて、いろんな人を見て来たけど。今も昔も、私を超える才を持っていたのはあなただけよ、英夢君」

「俺が先輩を…?流石にないでしょう」



 高校時代、俺は先輩を一度も上回ったことが無い。それなのに先輩を超える才というのは無理がある。



「いずれ、いやもうとっくに私を超えてるわよ…とにかくね、あの時私は、すごく興奮したのよ。英夢君にとっては、負の記憶そのものだったと思うけど」

「…まぁ、そうですね」

「でもね、これだけは憶えていて欲しいの…私はあの時英夢君に出会えて、本当に良かったと思ってる」



 先輩の言葉は、俺からすれば的外れと言うか、表現を気にせずに言うならかなり失礼な発言だ。だが、先輩が俺に言いたいことの本質は、なんとなく理解できる。



「どんなに不幸な出来事でも、見方を変えれば多少はましに見えてくるわ。それを逃げと考える人もいるけど、私はそうは思わない」

「…そうですね、自分もそうは思いません」

「だからね。英夢君が歩んできた人生も、過酷そのものだったと思うけど…だからこそ、得られたものだってたくさんあると思うの」

「…確かに、その通りです」



 父の暴行で体が強くなっていなければ、カミラの迷宮を脱出できなかったかもしれない。あの事件がなければ、俺は桜先輩の後輩になることもなかったかもしれない。



 …そう思うと俺の人生も、案外悪いことばかりじゃないのかもしれないな。

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