134.苦しみを背負わせて
「…おい」
いや、もしかしたら来るんじゃないかとは思っていたけども。もう少し一人の時間を楽しませてくれ。
「せめて隠せ、そんなに大っぴら男に見せるもんじゃない」
「さっきも言ったでしょ?気にしないって」
「俺が気にするわ!」
幸いにも湯気が仕事してくれているお陰で肝心の部分は見えていないが、それでも俺の目の前には、そのしなやかな肢体がこれでもかと晒されている。
「あ…入るとこ間違えちゃった」
「絶対嘘だし、言い訳のタイミングが遅すぎだろ」
「向こうに戻るのも面倒だし、こっちに入るね」
「…もう、それでいい」
下手に裸を見せられるよりは入ってもらった方が精神的に楽だ。理性との戦いを繰り広げずに済む。
「…ねぇ」
「うお!?」
そう安心したのも束の間、リーゼは俺にその柔らかな身体を押し付けてきた。普段はあまり意識してなかったが、こうして直に接すると意外と豊満な…て、そうじゃなくて!
「離れろ!」
「うえ…別にいいじゃん」
「良くない、絶対に良くない。ったく、何なんだ」
リーゼの額に手をあて、グイっと体を遠ざける。
普段から割とこういうことには頓着しない奴だったが、それにしても今日のリーゼは少しおかしい。いくらなんでも、ここまで積極的なことはしてこない。
赤面した顔を見られないように背を向けながら、俺はリーゼに話しかける。
「一体どうしたんだよ、明らかに普通じゃないぞ」
「んー…一緒に入る?って桜が言った時のエイム、ホントに嫌そうだったから。なんでなのかなーって。普通人族の男の子は喜ぶものじゃない?」
…おっとりしてるようで、意外と人のことを見てるんだよな、リーゼって。
「でも、なんとなく分かった気がする」
「…なるほど、なんとなく目星は付いてたから抱き着いてきたわけか」
「ん」
それにしてもやることが大胆過ぎるだろ。
「その傷、どうしたの?ちょっと普通じゃないよ」
「まぁ…色々あったんだよ」
俺の体には、これでもかというレベルの傷がびっしりと刻み込まれている。これはカミラの迷宮で付けられたものじゃない。あんな場所で古傷が残るレベルの傷を負えば、そもそも俺はここにはいない。
火傷跡、切り傷、痣、鞭打ちの傷跡、見る人が見れば分かるだろう。これは…
「拷問の跡、だよね?」
「リーゼ…俺は、知られたくないから拒絶したんだぞ?察しない優しさってやつはないのか?」
「分かってる。でも、私達は仲間。隠し事は良くない」
「………」
一見すると正論かのように聞こえるが、例え仲間であってもパーソナルスペースは存在すると思うんだ。
「大丈夫。過去に何があろうとエイムはエイム。シルヴィもそう思うよね?」
「…ええ、その通りよ」
「…ああもう、どうにでもなれ」
「邪魔するわよ、英夢君」
いつの間にか入って来ていたシルヴィアの隣には、しっかりと桜先輩の姿もある。流石に先輩は湯あみ着を着用しているようだが、所々が透けていてあまり役割を果たしていない。
「ふむ…結構酷いわね」
「~~~!?」
いつの間にか俺の隣にいたシルヴィアに体を撫でられ、突然の感覚に声にならない声を上げる。こんなときにまでそのスピードを生かすな。
「もう痛くないの?」
「…ああ、もう随分前の傷だしな。大体15年くらい前だ」
「そんなにひどいの?…私も触っていい?」
「やめてください、普通に嫌です」
というか、日本人の桜先輩にはちょっと受け付けられないレベルだと思う。アルスエイデンの住人、特に軍人は体に古傷が残っている人は少なくないから、そういうものにも割と抵抗がない。だからこそ俺は、それほど抵抗なく公衆浴場を利用できたわけだし。
「15年前…私と出会うよりも前ってことよね?」
「そうなりますね…まだ小学生でもなかったんで」
「一体何があったのよ、そんな小さい子供に拷問なんて、当時の日本…いや、今の日本でだって考えられないわ」
それはそうだろう。俺達の国は荒廃したが、腐ったわけではないからな。
「…ねぇ、エイム」
「…なんだ?」
「私とエイムが初めて会ったからエイムって、どこか私に対して…いや、皆に対してかな?壁を作っているように感じてるの」
「まぁ…そういう所はあると思う」
シルヴィアに何か思うところがあったわけじゃない。単純に誰かに自分の内側を覗かれるのが嫌なんだ。それは今でも変わっちゃいないし、これからも変わる事はないだろう。
「でもね、私は、エイムともっと仲良くなりたい、エイムのことをもっと知りたい」
「………」
「今まで組んだ人は全然続かなかったけど…エイムとなら、この身が果てるその時まで、苦楽を共にできるんじゃないかと思ってる。だから教えてくれない?その傷のこと。エイムの苦しみ、私にも背負わせて」
心の奥底に訴えかけるようなその言葉に、俺は──
「…ちょっと長くなるぞ。のぼせるなよ」
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