133.意外な初体験
「それでとりあえず会議室を出ましたけど、どこか向かうところとかあるんですか?」
定例会議に出席し、最後の会議室を出た俺は、先頭を行く桜先輩に話しかける。
目的もなくただふらついているという感じじゃないが、目的地があるとは聞かされていないんだよな。
「ええ。多分『混沌の一日』以降、こういう場所に行ったことはないんじゃないかと思って」
「こういう場所…ですか?」
「ま、楽しみにしておいて。あ、それとも何か予定があった?」
「いえ、それは大丈夫です」
一応この軍の現状把握も任務内容に含まれているから、そっちを進めるという予定もあるにはあるが、特に具体的な指示はされていない。帰ってから俺達の感じたことを報告すれば良い感じだろう。
そもそも俺達は諜報部員じゃないし、ノウハウも何も持っていない。リーゼは『
「二人はどうする?」
「勿論付いて行くわよ。私達も用は無いし」
「単独で行動したら、まず間違いなく迷う自信がある」
そんな自信は持たないで欲しいが、森で育ったリーゼにとって、こういう入り組んだ建物は慣れないんだろうな。
「良かった、折角だから二人にも体験してほしいと思ってたのよ」
「体験…」
ちょっと何をするのか想像が付かないな。桜先輩の言い方的に、俺は『混沌の一日』以前は体験したことがあって、シルヴィアとリーゼは一度もないこと…候補が多すぎる。
目的地に付いて考えている間にも、軍本部を抜け、変わり映えのしない街を歩く。ここら辺の人達は多少外装にこだわりがあるのか、所々に装飾が見られはするものの、それも以前の東京に比べれば大したことはないだろう。
少し景色的に映える点といえば、あのそびえ立つ電波塔だろう。高層ビルが姿を消したこともあり、割はっきりその姿を拝むことが出来る。
「付いたわ、ここよ」
「ここ…ああ、なるほど」
似たようなものはマーティンにもあるが、確かに二人は初体験だろうな。
「公衆浴場…ですよね?」
「まぁ似たようなものだけど。ここは温泉よ」
「温泉…?」
「多分だけどマーティンの街の温水は、人の手によって作られたものよね?」
「ええ」
「ここの温水は、地中から湧き出ていてね。それを利用しているのよ」
俺達の目の前にあるのは、最早懐かしい『♨』のマークが描かれた暖簾。いや…懐かしいか?
「そういえば俺…温泉、来るの初めてかもしれません」
「え?ホント?」
「ええ…」
意外と来たことなかったな…いや、ある意味当然か。
「本当は夜に入って疲れを癒すのが一番気持ち良いんだけどね。折角だし貸し切りにしてもらったら、こんな時間になっちゃった」
「貸し切り?」
「ええ。つまり今、ここには誰も入ってないの」
なんという贅沢な…一瞬断ろうとも思ったが、菊川さんだけならまぁ…
「貸し切りだから、混浴でも怒られないわよ」
「へ!?」
「…いや、俺は男湯に行きますよ」
「えー、私は別に良いわよ?」
「…私も気にしない」
そこは気にしてくれ、リーゼ。
「何なら私達で男湯に…」
「菊川さんもいるぞ」
「いえ、私は勤務中ですので。ここでお待ちしております。ですので、中のことは一切認知いたしません」
「菊川さん、せめてあなたは止める側であってください」
なんで俺の方に味方がいないのか。普通逆だろ。
「とにかく、俺は男湯に入るんで。入ってこないでくださいよ」
「「「えー」」」
「………」
反応したら負けだ。そう判断した俺は、足早に男湯の暖簾をくぐった。
♢ ♢ ♢
「ふい~~」
広々とした温泉を、俺は一人で楽しむ。ぶっちゃけ露天風呂ではないから公衆浴場と大した違いは感じられないが、こういう広い浴場を独り占めできている状況には、何とも言い難い特別感がある。
普段からなるべく人のいない時間帯を狙って公衆浴場を利用していたが、流石に人っ子一人いないっていう状況は無かったからな。
温泉は所謂乳白色と言う奴で、白く濁っているが別に違和感や不快感はない。何か効能とかあるんだろうか。
「…コボルドの上位個体、か」
体を休めながらも考えることは、やはり報告された魔獣のこと。こういう時間くらい何も考えずにいたいとは自分でも思うが、それでも考えるのはやめられない。もう癖づいてしまっているな
(山を崩すにせよ、普通に討伐に挑むにせよ、まず間違いなく、戦うことになるだろうな)
山を崩したとて死ぬとは思えないし、直接戦うとすればまず間違いなく討伐部隊に編制されるだろう。ここは日本人が多いから、名誉欲も少ないだろうし。もしかしたら俺達だけに押し付けられるかもな。
(俺個人としては、そっちの方が楽かもしれん)
どうしても人の目があると行動が制限される。リーゼも同様だし、俺達のパーティーは大っぴらに戦うのが不向きな人間が多い。
(どう話が転んでもいいように、準備だけは怠らないようにしないとな)
俺が内心でそう決心していると…
「やっほー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます