131.定例会議 前編


「それでは、定例会議を開始します…今回の議題は勿論、トウキョウ近辺カツロ山に最近出没したコボルド達、そしてヤツラの親玉とみられる上位個体の対策に関してです」



 翌日、俺達は桜先輩に連れられ、トウキョウ軍本部で行われる会議に出席する運びとなった。会議に参加しているのは約20名、前線に出ているであろう軍人と、そうでない人間が半数ほど。幹部かなにかだと思う。



「今回は最近カツロ山と似たような事例が起こったマーティンから、地方開拓軍の三名にもお越しいただいています」

「よろしくお願いします」



 自己紹介するような場面でもなさそうだったので、軽くお辞儀をして簡単な挨拶で済ませる。



「三人にはまだ説明していませんので、確認も兼ねて今回の経緯を説明させていただきます」



 葛城総司令は紙束を手にしながら、滔々と語り始める。



「まずカツロ山というのは、『混沌の一日』以降、トウキョウの北側に出現した岩山です。鉱物が豊富な山で、我が軍の貴重な鉱産資源でした…半年前までは」



 一旦総司令が言葉を切ったタイミングで周りを見渡してみると、みな一様に苦々し気な表情をしていて、中には拳をきつく握るものまでいる。



「半年前、カツロ山に突然大量のコボルドが出現しました。以前から少なからず目撃例はありましたが、その例を見ない大量発生に異常性を感じ、念のため採掘作業を一時中断、討伐隊を編成して、万全の状態で攻略に挑みました」



 コボルドというのは犬の頭をした魔獣で、ゴブリンよりも知能が高いことで知られる魔獣だ。武器の扱いにも長けているが、純粋な戦闘力ではゴブリンに劣るため、素手だった場合はかなり簡単に討伐することができる。



「採掘作業で地形を把握できていたこともあり、攻略は高速で進み…その後、我々は壊滅的な被害を受け、撤退を余儀なくされました」

「……え?」

「油断があったのは否めません。ですが、どう転んでも撤退という結果は変わらなかったと思います。そこにはコボルドの上位個体…いえ、上位個体という言葉では生温いほど強力な犬型の魔獣が、最奥には鎮座していました」



 なるほど、それでマーティンまではるばるやってきたわけか。巨大なゴブリンが街を襲おうとした、俺達の街に。



「幸いなことに死者は出ませんでしたが、山が占領されてしまったことにより、経済的な被害も無視できないものになり、その状況は現在も続いています」

「「「……」」」

「そんなとき、同じような魔獣が出現し、討伐に成功したという情報を聞きつけ、マーティンに調査団を派遣した、というのが事の顛末になります。そしてマーティンは魔獣の巨大化について、原因を突き止めていました」

「な、それは本当ですか!?」

「ええ…そうですよね?」

「はい…説明した方が良いですか?」

「是非、お願いします」



 ということで、葛城総司令からバトンタッチして今度は俺が口を開く。



「俺達はとある森で、グリゴールと名乗る悪魔と遭遇しました。討伐することは敵わず、撃退することが精一杯でしたが…ヤツが残した資料には、魔獣を巨大化、さらに黒化する方法が残されていました」

「「「!?」」」



 一同が息を呑む様子を眺めながら、俺は説明を続ける。



「資料には、魔獣に闇の魔力を流すことで、巨大化されるとの記載があり、実際悪魔が去ったその場所には、トレントが森を覆い隠すほど巨大化していました」



 正確には古代種であるダラビエトレントだが、それを今ここで説明する必要はないだろう。



「その闇の魔力といったものは、一体どういったものなんだ?」

「それに関しては分かっていません。今分かっているのは、悪魔はその闇の魔力を操れるということだけ。人間がその魔力を扱えるかどうかは…今の所、扱える人間がいるという情報はありませんね」



 俺の魔力も闇の性質をもっているらしいが、変な誤解を受けそうなのでここでは言わないでおく。



「その犬型の魔獣がこのケースに該当するとは断言できませんが、可能性は非常に高いと思います。そしてもしそうだった場合…早く行動しないと、取り返しのつかない事態になるかもしれません」



 ゴブリンの時は俺とシルヴィアの二人で討伐することが出来たが、あれはこちらに好都合な状況が重なったからこそ為せたことだ。同じことをもう一度やれと言われても不可能だ。


 それに、もしそこに悪魔がいた場合、黒の魔獣と悪魔を同時に相手取らなければいけなくなる可能性もある。黒化した魔獣は知能も上昇するはずし、十分あり得るだろう。



「…総司令、急ぎ討伐隊の編成を!」

「落ち着いてください…天崎さん、説明ありがとうございました」



 葛城総司令は俺を座らせた後、再び口を開く。



「勿論討伐隊は編成します。ですが、現状用意できる戦力を投下するだけでは、あの時の二の舞になるだけです。我々には余裕がない。これ以上戦力を失えば、街の安全すら危ぶまれる事態になります」

「ですが、彼の話ではさらに強力になる可能性もあるのでしょう!?事態は一刻を争います!」



 葛城総司令の懸念も、今声を上げる軍人の懸念も両方理解できる。両方の懸念を解消することは中々難しい。



「それも分かっています…ですが私は新しい案を一つ、提示させていただきたい。こちらの戦力を失わず、かつ確実にヤツを葬るための方法を」

「ヤツを確実に…総司令、その方法というのは?」



 葛城総司令は前のめりになりながら、決意の表情で言葉を紡ぐ。



「山を、崩しましょう。ヤツを生き埋めにするのです」




 

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