130.二度目の招待
「ここよ。さ、入って」
「お邪魔します」
トウキョウ軍の本部を出た後、俺達はそのままの流れで桜先輩の自宅へと招待された。外装は他の建物とほとんど違いないが、以前の自宅を思わせる装飾が施されており、中は意外と豪勢だ。
「ふ~、ただいまー!」
「お帰りなさいませ」
リビングに入ると、菊川さんが執事服姿で出迎えてくれた。久々に見るなあの服装…あれ?
「菊川さん、さっきまで一緒に行動してましたよね?」
「ええ、そうですが?」
「…いつの間に着替えたんですか?」
先回りして出迎えるのはまだ分かる。だが、流石に着替える時間はなかったはず…
「執事ですから」
「………」
「英夢君、今更この人の生態を観察しても無駄よ。長年一緒にいる私でもわからないもの」
…珍獣扱いされてますよ、菊川さん。
「とはいえ、ご夕食まではまだ時間がありますので。まずは皆さんをお部屋までご案内しましょう」
「あ、それは私がやるわ。菊川さんは夕食の準備をお願い」
「そうですか?…では、お任せしますね」
というわけで、桜先輩の先導のもと、俺達はトウキョウでお世話になる部屋に案内される。
「ごめんね、流石に二人は一緒に使ってもらえる?」
「ん」
「分かりました」
シルヴィアとリーゼは同じ部屋を使うようだ。こちらとしては男女で分けてもらえただけでもありがたい。
「じゃ、英夢君は私の部屋ね」
「……はい!?」
「冗談よ。こっち」
桜先輩、トウキョウに来るまでの移動中にリーゼやシルヴィアと随分仲良くなったみたいだが、なんだか悪い影響を受けている気がするな…少しだけ、桜先輩を心配する正真さんの気持ちが分かった。
俺が案内されたのは、二人の隣の部屋。間取りも俺の見る限り全く同じで、その気になれば素振りが出来そうな広さだ。しないけど。
こんな部屋を一人で使わせてもらうのか。二人には少し申し訳ない気持ちになるが、こればっかりは変わってやれない。
「ふぅ…」
荷物を置き、一度大きく伸びをして凝り固まった体を休憩させる。ほとんど何もしない時間が続いていたが、それでも疲労は蓄積されていたらしい。今日はぐっすり眠れそうだ。
「なんか思い出すわね。初めて英夢君がうちに来たときのこと」
「あー、俺はほとんど覚えてないですけど…」
「え、そうなの?」
「緊張で何してたかなんて記憶にないですよ」
死線を潜り抜けてきた今だから分かる。あの時の正真さんの視線は、人を殺せるレベルだった。
「懐かしいわ。あの日、お父さんは仕事で帰らない予定だったのに、何故か仕事を早く終わらせて帰って来て。家でお父さんと鉢合わせた時の英夢君のあの顔、私始めて見たわよ」
「別に何もやましいことはなかったですけどね…生きた心地がしませんでした」
別にそういう関係じゃなくても、両親に鉢合わせてしまった時って謎の緊張があるんだよな。久々になぎさのご両親に会った時でさえそうだった。
「今はお父さんの家は別にあるから、あの時みたいなことにはならないと思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ。…まぁ、突撃してくる可能性は否定できないけど」
…確かに。
「今回は俺一人でお邪魔してるわけじゃないですし、大丈夫だと信じたいですね」
「そうね…」
「何話してるの?」
「お、リーゼ」
「暇だったから遊びに来た」
どうやらシルヴィアも一緒に来たらしい。シルヴィアはラフな格好に着替えている。流石にマーティンの自宅よりはちゃんとした格好だ。
あの格好で桜先輩の自宅を歩き回られたらどうしようかと若干心配してたんだよな、良かった。
「同じ部屋なんだね」
「ああ、悪いな。一人で使っちまって」
「そう思うなら変わってくれてもいいんだよ。シルヴィと二人で向こう」
「悪いとは思うが、変わる気はないぞ」
別に向こうも手狭ってわけじゃないだろ。
「…そろそろリビングに戻りましょうか。夕食ももうじき出来上がると思うし」
「了解です」
「ん」
三年前にごちそうになった時は正真さんも同席していたせいでほとんど喉を通らなかったが、桜先輩曰く、菊川さんの作る料理はそこらのレストランよりおいしいらしい。ちょっと楽しみだ。
「すぐにご夕食になさいますか?」
「ええ、お願い」
あてがわれた席に座り、料理が来るのを待つ。いつもは自分達で配膳するから少し新鮮だ。
「折角天崎君が戻ってきましたので、今日は和食にしてみました」
出されたのは、鮭の塩焼き。確かにTHE・和食といった料理だ。というか…
「魚ってまだ生き残ってるんですね」
マーティンではほとんど見なかったから、てっきり魔獣に生存圏を奪われてしまったのかと思っていた。
「数が減ったのは違いありません。漁に出るのが困難になったこともあり、かなりの高級食品となりました」
「へぇ…良かったんですか?ここで使ってしまって」
「ええ。今は保存にも限界がありますし、あまり長いこと眠らせておくこともできませんから」
確かに言われてみれば、冷蔵庫らしきものは見当たらない。鮮度が命の魚が高騰するのはこういった要因もありそうだ。
「ねぇ、もう食べて良い?」
「あはは。それじゃ、いただきましょうか」
「折角の料理、冷めてしまってはもったいないですしね」
「「「「いただきます」」」」
三年振りの鮭の塩焼きはただ一言、絶品だったとだけ言っておく。
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