129.葛城総司令の懸念
「マーティン軍地方開拓軍所属、天崎英夢です」
「同じく、シルヴィア・アイゼンハイドです」
「アイリーゼ・ラルクウッド」
こういった場ではシルヴィアが前面に出ることが多いが、トウキョウでは日本人である俺が話しを進めた方が向こうも楽だろうということで、俺が先頭に立って挨拶をする。
「地方開拓軍…なるほど、向こうはかなりの人材をこちらに寄越してくれたようですね。それとも、君達くらいの実力者はマーティンに溢れているのかな?」
「いえ、サイス総司令曰く、『我が軍の最高戦力』だそうです」
…総司令、そんなことを言ってたのか。そうでありたいとは思っているが、それは過大評価だと思うんだ。
「へぇ?最高戦力をそう簡単に渡すとは思えないのですが…ただ君達を見る限り、あながち間違いではなさそうですね」
葛城総司令は物腰や言葉遣いこそ柔らかいが、恐らく2mを超える巨体、それと頬の十字傷も相まって、歴戦の雰囲気を醸し出している。まだ現役だと言われても信じそうだ。
そしてその総司令は、訝し気な表情で俺達を見つめている。まるで俺達を威嚇するかのように。
「…多分まだ現役よ、引退した人間にあの肉体は維持できないわ」
「…へぇ」
相も変わらずサラッと俺の思考を読み、小声で回答してくるシルヴィアをスルーして、俺は葛城総司令に話しかける。
「総司令。色々と懸念があるのは理解していますが、総司令が危惧しているようなことは一切ありません」
「…ほう?」
突然自分の領地に、協力の名目で派遣された強力な戦力。こんなときに統治者が危惧する可能性は一つ。
略奪だ。
それを危惧するのはごく自然なこと。むしろ俺はサイス総司令や他のアルスエイデンの人間がそれをしなかったのが不思議なくらいだ。
勿論進んでその選択肢を選ぶ統治者はどうかと思うが、自らの領民の生命が危ぶまれる状況なら、むしろそれは称賛される行為となる。
「少なくともそういった指令は何も出されていませんし…仮に命じられていても、それを受け入れるつもりもありません」
「…本当にそうですか?私の目には、必要とあらばどんな選択もするように見えます。特に君は」
…なるほど、こういう人を見る目があったから、総司令という席に着いているんだろうな。
俺はニヤリと笑いかけ、葛城総司令の疑いを晴らす。
「それは間違いではないかもしれません…ですが、この街を害すような選択をする必要はないでしょう。俺には名誉も富も、人脈も不要です」
富は生活に困らない分くらいは欲しいけど。
葛城総司令はしばらく俺をじっと見つめた後、にやりと俺と同じく片頬を上げ、
「分かりました、信じましょう。そもそも我が軍にそんなことを危惧して戦力を失っている余裕はありませんし」
「ありがとうございます」
「ですがちょっとショックです。私の『威圧』を喰らってビクともしないとは」
「…え」
後ろをちらりと見てみると、桜先輩はきょとんとしているが、シルヴィアとリーゼは葛城総司令に警戒の眼差しを向けている。
「ああ、桜さんにはかけていませんよ。そんなことをしては、うちの団長さんが何をしでかすか分かりませんから」
…多分、何かしたことがあるんだろうな。あの人ならやりかねない。
「桜さん、彼らの宿泊先は?」
「決まっていませんが、うちの空き部屋を貸そうかと思っています」
「…それ、団長さんの許可は?」
「取っていませんが、取ります」
「…そうですか」
桜先輩の有無を言わせない雰囲気がすごいが、俺としては正真さんの近くにいると胃が休まらないので、できれば勘弁してほしいところだ。折角の厚意を無下にするのもあれだから口にはしないけど。
「それなら私が口を出すのも野暮ですね。この街に桜さんの自宅を上回る宿泊施設はありませんし…ですが、もし許可が下りなければ私に言ってください。私が用意できる最高の宿を用意します」
「ありがとうございます」
「ひとまず今日は長旅でお疲れでしょうし、体を休めてください。こちらも今日はあまりスケジュールに余裕がありませんので、詳しい話はまた後日にしましょう」
結構長話をしていた気がするが、忙しいのはこっちの総司令も同じらしい。
部屋を出ると、シルヴィアとリーゼは額にはうっすらと汗を浮かばせながら、大きく息を吐いて深呼吸する。
「…あの人強い、『威圧』をもろに受けたのは久しぶり」
「只者じゃないとは思ってたが、そこまでか…」
「ええ。エイムを除けば日本人最強かもしれないわね」
「俺を除くな、二番目で良いだろ」
「あはは…実際、今でも強力な魔獣が付近に現れた時はよく出動してるわ。日本人で括ると分からないけど、この街の最高戦力は総司令で間違いないでしょうね」
単純な地力ではシルヴィアとリーゼを超えるわけだもんな。桜先輩の評価に偽りはないだろう。
だが、今回は俺達が呼ばれた。つまり、出現した魔獣というのは葛城総司令や菊川さんでも手に負えないほどの相手ということ。
(どんな相手なんだろうな…)
俺の勘は、来る強敵との対峙を予感していた。
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