122.真夜中の自室で

(ただいま~っと…)



 足音を忍ばせ、静かに窓から俺の部屋に入る。ボロ布はサイスとの戦いの中で焼失してしまったため、街中で誰かに会わないかビクビクしながら移動していたが、流石にこの時間に出歩く変わり者はいなかった。


 床に足を付け、ベッドに腰掛け小さく息を吐く。



「おかえり」

「おう、ただい…!?」

「どうしたの?」

「…起きてたのか」



 シルヴィアはその白銀の長髪をたなびかせながら、暗闇から姿を現した。その髪は暗闇では良く映えるが、勝手に部屋に入るなと言いたい。



「で。わざわざ姿を隠して、どこへ行ってたの?」

「…出るとこからバレてたわけか」

「そういうこと、気付いたのは偶々だけどね。リーゼは多分寝てるわ」



 …それは喜ぶべきことなのか、微妙なところだ。



「…ま、なんとなく何してきたのかは察してるんだけどね」

「…へぇ、また何で?」

「私が初めて同じことをしたときと、同じ目をしてるんだもの」

「………」

「今は吐き出してもいいんじゃない?私以外は誰もいないし、聞いてないわよ」



 …シルヴィアには敵わないな、本当に。



「後悔があるわけでもないし、殺したことに嫌悪感があるわけじゃないんだ」

「ええ」

「むしろ、嫌悪感を感じていない自分に対して、ちょっと憂鬱になってるっていうか…」



 たどたどしく、言葉の羅列を繰り返しながら、自分の思っていることを滔々と吐き出していく。



「初めてじゃないんだ、人を殺すのは。だけど前の時は、家族を守るために必死で、決して殺すつもりはなかった。だけど」

「今回は、自分から行動を起こした」

「ああ」



 それにあの時は、すぐにそれ以上に悲劇が訪れたから、殺人への衝撃は薄かったかもしれない。



「…俺、心まで死神になっちまったのかな」



 むしろ、望んでいたのかもしれない。人殺しという罪を犯し、自己嫌悪に陥ることを。それが人間として、普通の姿だと思うから。



「私には分からないわ、死神なんてエイムしか会ったことないし」

「……」

「だけど、もしそうだとしたら…死神は、随分心優しい存在なのね」

「…へ?」



 シルヴィアは、一体何を言っているのだろうか?もし俺が優しい人間なら、例え恨みのある人間だったとしても、殺したことに対して心を痛めるものだろ。



「それは優しい人というより、弱い人なんじゃないかしら。自分の決断したことに対して、いつまでも悩むのは」

「…それはそうかもしれないが。じゃあシルヴィアの思う優しさってなんだ?」

「それはね…」



 シルヴィアはいつの間にか俺の隣に座り、俺の手をそっと握りながら、続きを語る。



「人のために行動できる、っていうこと」

「……」

「誰を手にかけたのかは知らないけど、どーせ私かリーゼのためにやったんでしょ」

「…いや、俺のためだ」

「俺のためでもある、ね?」



 ……やっぱ読心術学んでるだろ。



「きっとそれは死神じゃなくて、エイム自身の本質だと思うわよ。もしエイムが変わっていたとしたら、きっと桜さんはもう一度歩み寄ろうとはしないんじゃないかしら」



 それは、確かにそうかもしれない。



「それを良いことと取るかそうでないと取るかは、エイム次第だけど。少なくとも私は今のエイムが好きよ、きっとリーゼも。ガイさんやカルティさんだってね」

「……そうか」

「ええ、そうなのよ」



 いつもなら恥ずかしがりそうなセリフを言うシルヴィアだが、その瞳は俺を捉えて離さない。



「…ありがとう。少し楽になった気がする」

「そ。なら私も、起きて待っていた甲斐があったわ。だけどエイム?」



 俺の手から手を離し、部屋を出ようと扉に手をかけながらシルヴィアは振り返り。



「次は前もって相談しなさいよ、仲間なんだから」

「…ああ、すまん」

「ま、今回はワケアリそうだし、許してあげる。いつか話してよ?」

「勿論…まぁ、そのうち勝手に分かると思うぞ」

「そっか」



 シルヴィアはその言葉を最後に、俺の部屋を出た。


俺は一人になった自室で、窓から見える月を眺める。どうやら今日は満月らしい。



(最高の仲間に巡り合えたな、俺は)



 あの地獄で出会ったのがシルヴィアで、本当に良かったと思う。


 もう日付は変わってるだろうから、明日には東京に向かことになるのか。



「シルヴィアにとって、東京は望む場所になるかね…」



 桜先輩の様子を見る限り、廃れているということはなさそうだ。だが、果たしてあの場所は、異世界の人間を受け入れているのか。


 調査団の人達はそういうことに抵抗がない人間ばかりで構成されているだろうし、こればかりは現地に向かってみないと分からない。



「…ま、どこまで付いて行くさ」

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