121.荒野の裏工作

「…さて、と…」

「ひ、ひいいいい!?」



 日本人支援部隊のリーダー、サイスに銃弾を撃ち込み絶命させ、残ったのは腰巾着の男が一人。目の前の出来事にすっかり怯えきっており、戦意は喪失し、しりもちをつきながら後ずさっている。



「落ち着けよ、少なくとも今はお前を殺す気はない」

「へ…?」

「つっても、お前の返答次第だがな」



 俺は銃を下ろし、あくまで会話の姿勢を見せる。先ほどの様子を見る限り、『死圧』を発動させて脅す必要はなさそうだな。むしろ会話にならなそうだ。



「下手に全滅させちまうと、軍の詳しい調査が入るかもしれないからな。一人くらい証人がいる方がいい」

「………」

「それに…サイスのことを許すつもりはないが、お前んとこの部隊はちゃんとその名前に恥じぬ活動をしてたみたいだし」



 俺はここに来る前、軍の先輩達や他の支援部隊メンバーから、部隊に関する評判を調査してきた。もし黒い噂があろうものなら、こいつもまとめて殺して、組織自体を壊滅させるつもりだった。


 だが俺の調査する限り、活動自体は至極真っ当なもの。部隊の死亡率は高かったらしいが、近年では落ち着いているらしく、これは単純に日本人の実力不足が原因だったんだと思う。



「俺的には、日本人を奴隷扱いしていてもおかしくないと思っていたんだが…」

「…過酷な環境であったことは否定しませんが、それでも誰かに搾取されるような生活を送らずに済んだのは、この部隊に所属できたお陰です」

「らしいな。だからこそ、俺はお前らの部隊自体を壊滅させる気はない」



 もし俺の勝手な理由で部隊自体を壊滅に追い込んでしまえば、間接的に罪のない人の人生を終わらせてしまうかもしれない。それは俺も不本意だ。



「お前、名前は?」



 声からして多分年上だと思うが、今更敬語を使うつもりはない。



「よ、横田と申します」

「よし、俺の自己紹介はいらないよな。横田、部隊ではどれくらいの地位にいる?」

「…実力的に言えば大したことはありませんが、事務仕事が得意だったので秘書の真似事をしていました」

「…なら、アンタがリーダーを引き継いでも問題ないか?」

「…離反する人もいるとは思いますが、活動は続けられていると思います」



 …それなら。



「よし。横田はこのまま街に戻って、俺の今から言うことを軍に報告してくれ」

「……はい」

「お前ら三人は夜の任務中、巨大な魔獣に遭遇。いつもなら三人でも問題ないが、夜で視界が悪かったこともあり、苦戦を強いられ、討伐には成功したもののサイスともう一人の男は死亡、アンタは明朝マーティンに辿りついた」

「わ、分かりました…ですが、私達は夜の任務に出掛けたわけではありません。軍には受注した任務記録が保存されているはずです」



 …こちらにアドバイスまでしてくるとは、もう裏切る気はなさそうだな。



「それに関しては問題ない。総司令に伝えて、ダミーの任務を用意してもらってる」

「…そ、総司令!?」

「ああ、仮に俺がお前らに負けても、お前らの人生は終わりだったってことだよ」



 因みにいうと、俺がマーティンを出るときに何故か門番の姿がなかったのも、総司令にお願いして門番の交代表に細工してもらった。


 俺がこのことをお願いしたとき、総司令はかなり渋い顔をしながら俺を諫めた。それは当然だろう、本来ならこの件は、軍が動いて処罰するような事件。一個人の願いでそれを捻じ曲げるのはあまりよろしい行為ではない。


 だが俺が事件の当事者であること、そして俺がある任務を受けること承諾したことで、総司令には首を縦に振ってもらった。



「は、はは…鉄砲玉かと思ったら、とんだ策士だったわけですか…」

「そういうことだ。とはいえ、この件を知ってるのは一部の人間だけだからな。話に信憑性を持たせるためにも、これを持っておけ」



 俺は横田に、拳大の石ころを二つ投げつける。



「これは?」

「昼間に狩ってきたオーガの魔石だ。お前ら三人なら万全を期せば問題ない相手だろうが…」

「確かに、不意を突かれれば危ないかもしれません」



 オーガとは、オークの強化個体。より正確に言えば、オークの老練の個体だ。つまり同一個体というわけだが、昔は別個体だと考えられた名残で、今でも分けて呼称されているらしい。



「…じゃ、俺は先に帰る。こいつらを弔うのは自由だが、火を起こしたりするのはやめておけよ」

「…分かりました」

「それと、」



 俺は次の瞬間『死圧』を発動させ、ラル=フェスカの引き金に指をかける。



「もし裏切るようなことがあれば、分かっているだろうな?」

「ひ!?…も、勿論です。総司令まで絡んでいるのならば、そもそも裏切りようがありませんよ」

「…分かってるなら良いんです」



 俺はなるべく恐怖を植え付けるようにニッコリと笑いかけながら、『死圧』を解除する。



「では。次に会うときは、平和的な場面であることを願っていますよ」

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