118.通らなければいけない道 後編

翌日、夜。


 全身を黒いボロ布で覆い、俺だと判別できないようにしてから、俺はこっそりと家を出る。時は深夜。辺りは静まり返り、俺の大切な仲間達も、今は夢の中。


 普段ならこの時間は閉められているはずの街の門が、何故か今日に限って開いていたので、俺はそのまま荒野の大地へと踏み出す。多分、門番が閉め忘れたのだろう。



 そのまま荒野を駆け抜け、10分ほどで目的地へと辿り着く。どうやら約束の相手は、既に到着していたようだ。数は三人、全員が全身を覆う鎧を身に纏い、以前家で出会った時とは異なり、臨戦態勢でこちらに剣を向けている。



「…来たか。顔くらいは見せてくれてもいいんじゃないかな?」

「………」



 男──日本支援部隊リーダー、サイス・ケルオーダは俺に向かってフルフェイス越しに厳しい視線を送りながら、いつもの軽い調子で話しかけてくる。


 …いや、いつもの調子というのは少し違うか。両脇の二人の目は血走っているし、明らかに普通の精神状態ではなさそうだ。



「はぁ…君が寄越したであろうこの手紙の内容を読んだ時点で、一体君が誰なのかという疑問の答えは三択まで絞られている。そして今、その三択は一択まで絞られた──こうして話すのは久々かな、エイム?」

「…流石にそこまで馬鹿じゃねぇか」



 俺は頭の布を外し、闇夜の荒野に顔を晒す。街で間違っても俺の目撃情報が出ないようにしたかっただけなので、別に隠し通す必要はない。


 サイスは俺の渡した手紙をひらひらと見せびらかしながら、面倒くさそうに嘆息する。恐らくあのフルフェイスの裏側には、苦虫をかみつぶしたような表情のイケメン顔があることだろう。



「僕に辿り着かないよう、結構な人数を介したんだけどねぇ…」

「ま、そこは俺の情報網が勝利したってことだな」



 正確に言えばガイさんから貰った情報だから、俺の力じゃないけど。



「参考までに、どうやって分かったんだい?…僕が、君達の家にクロスボウを仕掛けたということ」

「…あれだけバレないように立ち回ってた割に、随分あっさり白状するんだな」



 そう、俺達がダークエルフの森から戻ってきたあの日、家の玄関に仕掛けられていたクロスボウ、あれを設置していたのは、今俺の目の前で剣を向けるこの男の指示だったのだ。



「別にそんな特別なことはしてないぞ?あのクロスボウを見るに自作っぽかったから、一つ一つの部品の販売元を洗い出して、それぞれの部品の購入者の中からお前んとこの部隊の人間を割り出しただけだよ」

「それをだけとは言わないんだよ…直接既製品を購入しなければ大丈夫だと踏んでいたんだけどねぇ…君達を、いや君のことを少々侮りすぎていたようだ」



 まぁ、どうせこいつらだろうと目星は付けてたんだけどな。シルヴィアのことを快く思わない人間はそれなりにいるが、あそこまで露骨な行為に出る奴らと言えば、俺はこいつらしか知らない。



「それにあのクロスボウという選択、あきらかにシルヴィアを狙った行為なのは明らかだしな。標的は見え見えだったよ」



 シルヴィアは以前他の軍人と組んだ経験もあるため、全てではないもののスキルが割れている。あの罠は明らかにシルヴィアの『気配察知』を意識したものだった。無機物にあのスキルは反応しないらしいからな。


 俺の『危機察知』だからこそあの罠を無効化することが出来たが、もしシルヴィアやリーゼが先に家に行っていた場合、危険に晒されていた可能性はゼロじゃない。



「正直、直接的な攻撃をするとは思ってなかったよ」

「おや、そんなに僕が臆病な人間だと思うかい?」

「そういうわけじゃねぇよ。俺はてっきり、シルヴィアを晒上げて身代わりにしてるものだと思ってたからな」



 こんな風に変わってしまった世界では、生きるために戦い、絶望感、虚無感に苛まれ、日に日にストレスが溜まっていく。戦いという行為に慣れていない日本人は尚更なはずだ。


 そしてそういった苛立ちを、どうやって解消するか。娯楽に走るのが一番平和的な解決方法だろう。だが、その娯楽がこの世界では少ない。ならどうするか。



 人はそのストレスを、他の人間に押し付け始める。



 だが身内に押し付けてしまっては、押し付け合いが始まり、やがて崩壊してしまう。この男はその崩壊を防ぐべく、『和人殺し』というある意味で都合の良い立ち位置にいたシルヴィアを利用した、と思っていた。



 俺の話を聞いたサイスは体を小刻みに震わせながら、



「…ふふ、あっはっは!イイね、実力だけじゃなく思考力まで兼ね備えていたか。今からでも遅くない、ウチに入らないかい?僕の隣の席を用意するよ」

「おいおい。俺がこの件を軍に伝えずにここに呼び出した理由、分かってるだろ?…長話はこれくらいにしとこうぜ」



 俺は覚悟を決め、銃を引き抜く。



「嫌がらせ程度なら、手を出すつもりはなかったんだがな…もう容赦はしない、俺の道になってもらうぞ」

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