117.通らなければいけない道 前編
まず心臓の辺りに、小さな魔力の輪を作る。それからそこに魔力を流し込むイメージで、徐々にその輪を大きくしていく。
輪は次第に俺の体を飛び出し、荒野にうっすらと光るリースをかける。その光景に恐れをなし、複数の魔獣がその場から姿を消したが、それを気付くものはここにはいない。
既に俺の体から離れているが、魔力を流すこと自体は可能、そこに透明のチューブがあるかのようにイメージしながら、さらに魔力を流し続け…
「…もういいよ、完璧としか言いようがないね」
「ふぅ……」
カルティさんから声がかかったので、パンッ!と手を叩き、魔力を霧散させる。
「この短期間で、よくもまぁここまで…」
「幸い、修行にほぼ全ての時間を費やすことが出来ましたから」
あれから二週間、正式な出発日が決定し、東京へ旅立つまであと三日となった。
俺は修行期間中、この荒野でひたすら魔力制御の訓練を行い、自分でもほぼ完璧と言えるレベルまで上達するこが出来た。
「これならもう少し先、魔術の基礎くらいまで教えた方が良かったかもしれないね」
「いえ、まずはこれを完璧にしてからでないと…」
「あっはっは!初日の失敗をまだ引きずっているのかい?」
訓練初日、俺は魔力制御の訓練中、扱い損ねた魔力を暴発させ、その場に大きなクレーターを作った。その事件をきっかけにこの力の危うさに気付いた俺は、まずは制御を完璧にしようと心に誓った。
「初心者はよくやる事故なんだけど、エイムみたいな化物がやると規模が違ったねぇ…軍の訓練場を使わなくて良かったよ」
これは後から聞いた話だが、カルティさんはこうなることをある程度視越し、この荒野を修行場所に選定したらしい。普通は本部にある訓練場を使うのが一般的だそうだ。
「もし制御をミスったら、味方を巻き込むことになるじゃないですか。生半可な練度で放置はできませんよ」
「戦闘中に魔力を直接扱うことはないだろうに…ま、それはそれとして。訓練はこれで一旦終了だよ。これでエイムの魔力制御は完璧だ、あたしが保証する」
モノクルを外しながら、カルティさんは太鼓判を押してくれた。
「下手すりゃあたしを超えてるかもしれないねぇ…」
「…流石にそれはないでしょう、まだあの速度は出せません」
初日にカルティさんの制御を見せて貰ったが、それはもう圧巻の一言。さっきの俺と同じことを、俺の倍以上のスピードでやってのけた。
人のことを化物呼ばわりする割に、カルティさんも十分化物染みていると思う。
「あんなのは年の功というヤツだよ、まだそんな歳じゃないけどね。これからも鍛錬を続けていけば、アタシの速度をすぐに超えられるだろうさ」
「本当ですか…?」
「なんだい、師匠の言うことが信じられないのかい?」
心外そうに嘯いているが、これ以上どう早めればいいか全くわからない。
「魔力の循環速度自体はあたしと大差ないから、もしかしたら余計な行程を挟んでいるのかもしれないね。また任務が終わったら、一度見てあげるよ」
「ありがとうございます」
「さて、それじゃ街に戻ろうか。折角だしウチによってきな」
♢ ♢ ♢
「なるほどねぇ…新入りの子はダークエルフだったのかい」
「はい」
「【
修行終了のお墨付きをもらったあと、ガイさん宅に訪れた俺は、新しくパーティーに入ったリーゼについての事を話していた。
「本人が嫌がらなければ、今度ウチに連れてきなよ。どんな娘なのか話してみたいからさ」
「分かりました、伝えておきます」
「それにしても、隅に置けねぇな坊主!お嬢だけじゃ飽き足らず、異種族の少女まで射止めるとは」
「人聞き悪すぎるんでやめてもらえますか」
ガイさんとカルティさん以外は誰も聞いてないけど。
「二人は今何をしているんだい?」
「シルヴィアは俺と同じく任務に向けての準備を、リーゼは適当な任務に出ているみたいです」
「一人で任務に出ているのかい?」
「新しいスキルを馴染ませたいらしくて。リーゼなら問題ないですよ。以前この街を訪れた時には、一か月近く単独で活動してたみたいですし」
因みに新しいスキルと誤魔化しているが、本当に馴染ませたいのは闇の魔力に染まった暗霊の扱いだ。力を貸してはくれるものの結構気まぐれらしく、威力にばらつきが出ているらしい。
「…二人も帰る頃だと思うので、そろそろ帰りますね」
「ああ、分かった…あ、坊主。ちょっと待て」
俺がお暇しようとすると、ガイさんが何かを思い出したらしく、俺を玄関で呼び止めた。
「これ、頼まれてたもんだ。後で目を通してくれ…因みに、坊主の考えていた通りだった」
「…分かりました、わざわざすいません」
「構わねぇよ、やったのは俺じゃねぇしな」
ガイさんにはこの期間、とある情報を集めて貰っていた。結構無茶な注文をしたと思うんだが…流石の人脈だな。
「エイム」
「…なんでしょう?」
「お前の今から通ろうとしてる道は、いつか通らなければならねぇ道だ。だが、わざわざ逸れてまでその道を使う必要はねぇ」
「…まぁ、そうでしょうね」
いくら荒廃した世界だからと言っても、そこまで荒んではいないだろう。人の営みは消えていない。
「それでもお前は通るのか、茨の道を」
「…はい。ただでさえあいつは色々抱えてます。そして残念ながら、それを俺が背負うことは出来ません。なら俺は仲間として、少しでもその重荷を軽くしてやりたい」
「……そうか。覚悟が決まってるなら、これ以上は何も言わねぇ」
ガイさんは小さく息を吐いた後、笑顔で語りかける。
「坊主は紛れもねぇ漢だ。これからもお嬢のこと、よろしく頼むぜ」
「ええ、勿論です」
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