116.訓練開始
「それじゃ、訓練を開始するよ。覚悟は良いね?」
「よろしくお願いします」
翌々日、俺はガイさん宅を訪れた後、カルティさんに連れられ街の外までやってきた。
「まずエイムは、魔力をどんなものとして捉えてる?知識としてじゃなく、エイムとしての感覚で答えておくれ」
「…自分の体を流れるエネルギーのようなもの、ですかね。流動性があるかは分かりませんけど、自分としてはそんな感じです」
フェスカに魔力を流すときも、そんなイメージで行っている。
「ああ、そのイメージはかなり的を得ている。イメージ自体は人それぞれだけど、そういったイメージが一般的だね。私は血液に含まれる栄養素の一つのように捉えているよ」
なるほど、確かにそれだとイメージしやすい気がする。
「認識に齟齬はないようだから、次に進むよ。まずはエイムが、今どのレベルまで行っているかを見せて貰う。自分ができるレベルで良い、体に流れる魔力の循環を意識してみてくれ」
「…意識するだけ、ですか?」
「ああ、それによって視えるものがあるからね」
カルティさんはそう言いつつ、細かな装飾が施されたモノクルをかける。
「これは魔力を可視化できる眼鏡だ。結構便利なんだけど、生物の体内に内包されている魔力は視ることができないという弱点がある」
「へぇ」
「今回はこの弱点を逆に利用して、エイムが意識することによって漏れ出る魔力を可視化するよ。出なければ出ないほどいいけど、まぁ最初は気楽にやっておくれ」
「分かりました」
目を閉じ、体を流れる血流を意識する。
そういえばフェスカに魔力を流すことは多々あったが、自分の体を循環させたことはないな。なんとなく体に力を込めてるけど、これで合ってるのか?
「…まいったね」
…合ってなさそうだな。
「エイムの内包されている魔力が多すぎて、この眼鏡じゃ判断できない」
「…え」
「アンタ、ほんとに人間かい?」
「ガイさんにも言いましたけど、それ結構傷つきますからね?」
モノクルを外しながら、カルティさんはこちらに疑わしそうな視線を送ってくる。自分でも疑わしいんだからやめて欲しい。
「視界を埋め尽くすほどの魔力なんて、私が全魔力を放出してやっと同じことが出来るレベルだよ?つまり今のエイムは、絶望的に循環が出来ていないか、怪物的に魔力が多いことになる」
「なら前者じゃないですかね。迷宮でこの銃を手に入れた時は、フェスカを十発程度撃つだけでガス欠していましたから」
今思うと、あんな状態からスタートして良く生き延びられたと思う。仮に同じことをやれと言われても、絶対にできないだろうな。
「私はそう思わないねぇ…その銃、少し貸してもらえるかい?」
「構いませんけど、多分撃てないと思いますよ」
「…何故?」
「どうやらこの銃、俺以外は撃てないようになっているみたいなんですよね。以前シルヴィアに試してもらったんですけど、引き金が引けませんでした」
念のため試してもらったが、やはり引き金を引くことはできないようだ。
「使用者以外が使えないようにロックがかけられている?そういった武器も無くはないけど…不思議な武器だねぇ」
これ、ラルに理由を聞いておくべきだったな。すっかり失念していた。
「…まぁいい。エイムがどの段階まで進んでいるか分からない以上、基礎の基礎から教えていくよ。ほとんどの修行法は反復練習が基本だから、自分で必要ないと思ったら、鍛錬は打ち切ってくれて構わない」
「分かりました」
俺が知りたいのはむしろその基礎だ。
「…ちなみに、まだ魔力の循環は意識しているかい?」
「ええ、話ながらだと意外と難しいですね」
「なるほど…じゃあ、このロープを両手に持って、魔力の循環ルートにこのロープを含めるんだ」
言われた通り、循環を意識しつつロープに魔力を流そうとするが…
「流せないかい?」
「…ええ、弾かれているというか、散らされているような感覚があります」
正確に言えば、途中までは通る。だが中ほどに進んだ辺りで、まるで見えない分かれ道があるかのように魔力が霧散してしまう。
「それは特殊な繊維で作られたロープでね。魔力を分解する素材が使われているんだ」
「魔力を分解、ですか?」
「ああ、仕組みは聞かないでおくれよ。私も知らないというか、誰も知らないから」
なんじゃそりゃ。多分魔獣の素材なんだろうけど、不思議な性質を持ってるな。
「そのロープは空洞になっているから、針の孔を通すように魔力を流し込めば、問題なく循環が行えるようになるはずだ。まずはそこを目指しな」
「…分かりました」
実を言えば、無理矢理膨大な量の魔力を流し込めば循環させることは可能だ。だけど、それじゃ訓練にならない。そもそもそれを「循環」とは言えないだろう。
「とりあえず、他の訓練方法も今日のうちに教えてしまうとするよ。次はね──」
それからカルティさんの指導は、日が暮れるまで続いた。
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