115.令嬢という役
「ん~~~!おいしいわね!」
ガイさん宅にお邪魔し終わったあと、俺は桜先輩と共に以前訪れたパンケーキがおいしいカフェによった。時間的に今から食べるのは夕食に響きそうだったので、俺は紅茶だけで済ましている。
「ここには良く来るの?」
「自分は二回目です。最近できたらしいんですよね」
「ふーん…らしい?」
「全部シルヴィアから聞いた話なので」
シルヴィアも一回しか来たことないだろうけど。まさか俺の方が先に二回目の来店をすることになるとは思わなかったな。
「…仲良いのね?」
「…なんか言い方に棘がありません?」
「別に~?」
多分俺のことをいじりたいだけなんだろうけど、そんなうまい返しは出来ないですよ、先輩。
「昔の英夢君なら想像できないわよ?貴方が女の子と仲良くしてるなんて」
「…そもそも誰かと仲良くしてる姿見たことあります?」
「……ないわね」
ですよね。
「不思議ね。そこまでコミュニケーションが苦手ってわけでもなかったでしょ?」
「まぁ、面倒だとは思ってましたよ。部長職を押し付けられたときとか、内心辟易としてました」
「ふふっ、そうだろうと思ってたわ。でも貴方が適任だった、それは間違いないわ」
「…自分は絶対別の人間が良いと思ってましたけどね」
自分で言うのもなんだが、同世代で1番成果をあげていたのは俺だったと思う。だが、1つの組織を率いるというのは、必ずしも1番強い人間に適正があるわけじゃない。
「でも、実際部は上手く回ってたわよ」
「それは先輩が残した礎の賜物でしょう。俺は現状を維持するのに精一杯で、部を成長させることは出来なかった」
「そう、その思考よ。あの二人の家でも思ったけど、」
桜先輩はピシっと指を俺の額に向ける。
「確かにコミュニケーションは消極的だし、はっきり言って不愛想。だけど、与えられた役回りは必要以上にこなそうとする」
「………」
「自分の型にはまった役をこなせる人は多いけど、与えられた役を型にはめるのは、意外と難しいものよ?…行き着く先は同じだから、評価されづらいけどね」
そう語る桜先輩には、哀愁のこもった表情が浮かんでいる。
(…そうか。先輩も、最初から令嬢という役を…)
日本経済を引っ張る男の愛娘、幼いころからその役を半ば強制的にはめられた桜先輩は、俺には想像もできないような努力を重ねてきたんだろう。
そしてそれは評価されなかったわけではないが、その努力に見合うものではなかった。
「あの人の娘なら当然」「流石はあの人の子だ」
その評価は、霞ヶ丘正真というフィルターにかけられ、曇りのあるものとなってしまったのだと思う。
「…とにかく!私は君のそういう所を見込んで後任を任せたの!分かった?」
「なんでそんな切れ気味なんですか…」
「なんか昔を思い出してイライラしてきたの!…パンケーキ、もう一つ食べようかしら」
…ここで「太る」という単語を口にしてはいけない、絶対に。
「…エイム?」
「ん?…リーゼじゃねぇか」
外から名前を呼ばれ、顔を向けると、そこには見覚えのある黒ローブ。大きな紙袋を抱えているが、あれは日用品かな。
「…なんか既視感があるな、この構図」
「私もパンケーキ、食べたい」
「…夕食に響かねぇか?」
「ん、大丈夫」
まぁ、甘いものは別腹って言うもんな。
「なら一緒に食べない?私も追加で頼もうと思ってたから」
「いいの?デートの邪魔しちゃって」
「おい」
人の目があるから、そういう冗談は勘弁してほしい。調査団の人間がいたら面倒なことになる。
「みんなで食べた方がおいしいわ。英夢君も、気が変わったりしない?」
「…分かりました、付き合います」
「決まりね」
「じゃ、遠慮なくお邪魔させてもらうね」
「私もいいかしら?」
「…シルヴィアもか」
まさかのここで全員集合か。このカフェは家の近くだから集まるのは自然なことだが、それにしてもタイミングがいいな。
「じゃ、パンケーキを四つだな」
「ええ…さ、リーゼ。まずはお店に入りましょ?」
「ん」
店に入り、四人でテーブルを囲むように座る。
「…なんだか想像できないわね。あの英夢君が、美人三人に囲まれて食事をしてるなんて」
「自分が一番驚いてます」
さらっと今自分も美人にカウントしたな、異議はないけど。
「シルヴィア、あれはどうだった?」
「任務に間に合うかどうかはギリギリね、しばらくは別行動になると思うわ」
「了解、俺の方もしばらくかかりそうだ」
「…私の買い物相手、募集中」
リーゼは以前この街で活動していたとはいえ、日用品を買い揃えるとなればまだ知識不足。下手に無知な状態で買い物をすると不良品を掴まされることも珍しくないし、優良店を見抜く知識は意外と重要だ。
「後で必要なものをまとめといてもらえる?おすすめの店を教えるわ」
「ん、ありがと」
「…私もいいかしら?いくつか欲しいものがあるのよ」
「ええ、構いませんよ。こればかりは英夢には酷でしょうし」
「…悔しいが何も言えない」
安く済ませようと思って、逆に高い買い物をしてしまったことが何度あったか。目利きというものがまるで分からん。
「…あ、来たよ」
「話はまた後にしましょうか、ひとまず…」
「「「いただきます」」」
俺達は一旦話を切り、パンケーキに舌鼓を打った。
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