111.傍観者と決闘者

──side Silvia──



「【曲芸師アクロバッター】?」

「そ。それが菊川さんの職業よ」



 訓練場の傍により、私とリーゼはサクラさんと一緒に雑談に興じている。を見ている限り、結果は既に決しているようなものだし。


 それにしても【曲芸師アクロバッター】ね…。サクラさんの話だと彼は、調査団の中でも筆頭の戦闘要員らしいけど…



「確かにあれなら戦えそうだけど」

「まぁ、明らかに効率が悪いわよね」



 飛び跳ねたり、回転したりと、執事らしい菊川という人の動きはとにかく無駄が多い。読み合いが重要な対人戦闘ではまだ役に立つかもしれないけど、知能が低い魔獣相手にはあまり通用しない気がする。



 特に彼の獲物は大剣。あのサイズの大剣をまるで細剣を扱っているかのように振り回せるのはすごいと思うけど、あれを使うなら尚更スタミナを抑えるために無駄は省くべきなんじゃないかと思うわ。



「他に選択肢が無かった…ってわけではないんですよね?」

「ええ。最初から色々な職業に適正があったそうよ、昔から妙に多才だったから」

「ですよねぇ…なんでまたそんな職業を…」



 そもそも【曲芸師アクロバッター】の適正が出る時点で、多芸な証みたいなところがあるし。



「…私も一つ質問いい?」

「ええ、何かしら?」

「サクラは、エイムの事が好きなの?」

「ふへ!?」



 …脈絡もなく急にぶっこむわね、リーゼ。いや、私も気になってはいたんだけど。



「ちょ、ちょっとやめてよリーゼさんまで…本当にそんなんじゃないってば」

「ふーん…あのお父さんの反応、行動はともかく、発言は的を射ていたと思うけど」

「それは…いやいや、ただの先輩後輩じゃないのかもしれないけど!断じて!そういう感情はないから!」



 顔を真っ赤にしてサクラさんは反論する。その表情を見れば、本心はどうなのかは明らかね。



「ライバル出現だね、シルヴィ」

「…なんでそこで私が出てくるのかしら?」



 今日のリーゼは随分饒舌ね、矛先をこちらに向けないで欲しいわ。



「だって、気になってたでしょ?」

「…ほら、決闘に集中しましょ」

「あ、話を逸らした」

「逸らしてなーい」




『なら、俺が証明するよ』

『……』

『シルヴィアにそんな呪いがないってこと、俺が証明する』



(…あんなこと言われて、惚れないわけがないじゃない)



「…ま、いいや。でも、見る必要ある?あれ」

「リーゼ、それはちょっと失礼よ」

「だって、明らかに遊んでる」

「遊んでるわけじゃないわよ」



 大方、良い訓練相手が見つかったとでも思っているんでしょうね。



「あはは…リーゼさんがそう思うのも仕方ないわよ。あんなに強くなってるなんて…」





♢ ♢ ♢



──side Aim──




「はぁ…まさかここまでとは…とんだ化物ですね」

「それはひどくないですか?」



 俺としては、大剣をそれだけ振り回して軽い息切れで済んでいる菊川さんの方が化物染みていると思う。


 戦闘を開始してから約10分。その間俺は一度も攻勢に出ず、菊川さんは一度も俺に攻撃を与えられていない。




「ちょっとショックですよ、ここまで圧倒的な差があるとは」

「差、とは言い難いと思いますよ。相性の問題です」



 実際、菊川さんの攻撃を一度でも貰えば、俺は即座に戦闘不能と判断されて敗北になるだろう。だからこそ、俺は防御を取らず、回避に専念してきたわけだし。


 カミラの迷宮の魔獣は、ほとんどの攻撃が俺にとって必殺の威力を持っていた。防御が意味を為さないあの場所で身に着けた回避技術は、そうそう遅れを取ることはない。


 とはいえ、トリッキーな動きをする菊川さんの攻撃は滅茶苦茶避けづらかったけどな。お陰で良い訓練になった。



「相性です、か…明らかに手加減をされているこの状況でその慰めは、最早嫌味の領域ですよ?」

「本心です。手加減じゃなくて、単に攻めあぐねているだけなんで」



 一撃一撃が相手を殺しかねない威力を持つ俺にとっては、『相手を死亡させてはいけない』という条件が、大きく選択肢を制限される。


 不意を突けば有効打を与えるチャンスはあったかもしれないが、それだと実力を見せたとは言い難い。流石にそれで再戦を要求されることはないと思いたいが…あの父親だからなぁ。



「…まぁ、そろそろ動きも読めるようになってきたので…次で終わりにしましょうか」

「…どうぞよろしくお願いします。意地だけは見せますので」

「……!」



 ギアを一段上げた俺は、菊川さんの懐に潜り込むため、距離を超速で詰める。勿論【死圧】の発動も忘れない。



(…露骨に動きを変えて来たな)



 菊川さんは俺の思惑を把握したのか、とにかく俺を近づけさせないような立ち回りに切り替えてきた。本当に動きが多彩で学ぶことが多い。


 だが相手の目的がハッキリしているなら、逆に動きは読みやすくなる。相手の一撃が重いとはいえ、サバイバルナイフでも攻撃を逸らすことは造作もない。



「──ここ!」



 俺は少々強引にナイフを操り、大剣を上に弾いて懐に潜り込む。



「…まだです!」



 だが菊川さんはそれすらも把握していたのか、剣を思い切り振り下ろそうとする。そこにはもう俺の姿はないが…



「柄だって立派な凶器ですよ、天崎さん」


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