110.突如なる決闘

「──!!」



 『危機察知』に凄まじい反応があり、俺は弛緩していた体を瞬時に切り替える。反応は正面。


 サバイバルナイフを引き抜き、目前まで飛んできたの刀身を叩いて方向を逸らす。



「……いやいや、俺が避けたらどうするつもりなんですか」



 俺の後ろには桜先輩がいる。その威力からして寸止めするつもりもなかったようだし、もし俺が攻撃を躱してしまえば、今の一撃は先輩を襲うことになっていた。



「避けないでしょう?少なくとも三年前の貴方なら、己に力が無くとも身を挺して防いだはずです」

「買い被りですよ…というか、それプラスチックじゃないですよね?」



 刀身を叩いたときの感触は、間違いなく何かしらの金属。だがそれを菊川さんは、箒を持っているかのように軽々と振り回している。天井に当たりそうですよ、菊川さん。



「ちょ、ちょっと菊川さん!?」

「驚かしてしまい申し訳ありません。ですが何を隠そう、お父様からのご命令ですので」

「…お父さん?」




 今度は後ろから気迫を感じる。この妙に逆らい難い威圧感には覚えがある、桜先輩だ。


 振り向かずとも分かる、これは相当怒ってる。だがこのくらいは慣れっこなのか、それともこの程度ではビクともしない胆力を持っているのか、正真さんは何食わぬ顔で口を開く。



「仕方なかろう。彼の実力を見るにはこれが一番手っ取り早い。私の跡を継ぐにふさわしい存在か、この目で確かめねばならん」

「「…え?」」



 正真さんの爆弾発言に、誰かが困惑の声を上げる。



「お、お父さん!?」

「あ~…やっぱりこうなるか…」

(…エイム、どういうこと?)



 いつの間にか俺の隣まで来ていたシルヴィアが、小声で俺に話しかける。



(正真さん、桜先輩のことを溺愛してるからな。近づく男は誰に対してもこんな態度なんだよ)



 そもそも高嶺の花すぎて、近づく男なんて見たことなかったけど。



(…娘が欲しければ俺を倒せ!みたいな感じ?)

(そんな感じ)

(…随分物騒な父親ね)



 戦うのは菊川さんらしいけどな。



「私と英夢君はそういう関係じゃないって、一体何度言ったら分かるの!?」

「今更そんな言葉が信じられるか!ただの後輩を探すために、こんな危険な世界を渡り歩こうとは思わんよ」

「……それは、まぁ……」

「ちょ、桜先輩?そこはちゃんと反論してもらわないと」



 そこで反論しないと話がややこしくなる。



「とにかく、一度菊川と戦ってもらう。確かここには訓練場があったな?」

「はい、確か一階にございました」

「ならそこに集まるとしよう。何か準備が必要なら、終わらせてから来ると良い」



 正真さんはそう言い残し、そのまま菊川さんを連れて部屋を出て行ってしまった。



「……え、本当にやるのか?」

「あの人、冗談言うタイプには見えなかったよ」

「…だよなぁ」



 勘弁してほしい、マジで。




♢ ♢ ♢



「お待ちしておりました」

「……来たか」



 (余計な)気を利かせ、人払いは済ませてくれたらしい。



「さ、早く構えたまえ」

「審判は?」

「私が務めよう」

「……総司令?」



 なんで総司令がここに?



「人払いを頼まれたのだけどね。面白そうだから見に来たよ」

「面白そうって…まぁ、人払いはありがたいですけど」



 なるべく注目は浴びたくないし。



「基本的には寸止めを心がけるように。多少の怪我ならともかく、相手を死亡させた場合は処罰せねばなりませんので、その辺は頭に入れておいてください」

「承知いたしました」

「了解です」

「勝利条件は相手を降参させるか、相手を死傷させるような攻撃を行ったと私が判断した場合です…では、両者構え!」



 俺は手ぶらで自然体。菊川さんは大剣に手をかけるが、まだ引き抜いてはいない。



「エイム君はそれで良いのかい?」

「ええ、大丈夫です」

「分かった…それでは、始め!!」



 開始の合図があった後も、両者はその場から動くことはせず、お互いに相手の出方を窺っているようだ。



「今度は仕掛けてこないんですね」

「お父様の目的は、天崎君の実力を見ることですから。私が仕掛けて試合を終わらせてしまっては元も子もありません」

「私を捻り潰すのが、正真さんの目的では?」

「いえいえ、目的と願いは別ですから」



 …それ、俺の末路は同じじゃねぇか。



「…はぁ、分かりましたよ」

「…む!?」

「──やるからには本気で行くんで、そのつもりで」



 俺はスキルを『危機察知』から『死圧』に切り替える。相手の獲物は巨大な大剣、相手の姿を見失わない限り、『危機察知』を発動させる必要はないだろう。


 とりあえず、『死圧』は問題なく通るみたいだな。恐怖で体が硬直するレベルまでは到達していないようだが、菊川さんの額からは油汗が浮かんでいる。



「凄まじい威圧感、ですね…」

「これで互いの実力差は分かったと思うんですが?」

「いえいえ、職業によっては『威圧』のスキルが通りやすくなりますから。お父様の【交渉人ネゴシエータ】が典型例です」



 へぇ。同じスキルでも職業によって効力に差が出るのか、初耳だ。



「そういうことなら…行きます」

「お手柔らかに…!」

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