109.三年前と現在の交錯

──side Aim──



「──とまぁ、あとは調査団が結成される度にそこに参加して、今に至るって感じかしらね」

「…なるほど」

「え、えっと…どうしたの?」

「え?何がですか?」



 一通りの顛末を話し終えた桜先輩は、喉を潤すためにもう一度水を口にした後、こちらを見て困惑の声を上げる。



「何って…なんで泣いてるのよ」

「え…?」



 自分の頬に触れてみると、確かにそこには涙の通り道が残っている。気付かなかった。



「あはは…自分が思っている以上に、感激してしまったみたい、です…」

「英夢君…」



 勿論、桜先輩は俺だけを探すために行動したわけじゃなく、たくさんの探し人の中の一人に俺がいただけだと思う。それでも、俺が生きていることを信じ続けてくれたこと。それが堪らなく嬉しかった。



「ありがとうございます、桜先輩」

「な、泣くほどのことじゃないでしょ…こっちが恥ずかしくなるからやめてちょうだい」

「いえ、本当に感謝しています」

「………もう」



 桜先輩は顔を赤らめ、こちらから視線を外す。三年の間に少し大人びた先輩の恥じらい顔は、とても目の保養になる。



「顔、にやけてるわよ」

「…なんで後ろから表情が読みとれんだよ、シルヴィア」



 というか、いつの間に入ってきた。ノックくらいしろ。



「しようと思ったけど、話を遮るのもどうかなって。盗み聞きしてた」

「もっとダメだろ…」



 俺は素早く涙を拭き取り、二人の方を振り向く。


 ──振り向いた瞬間、二人の背後から感じた威圧感に、俺の背筋はピンと伸び、その場で硬直する。



「久しぶりだね、英夢君。無事で何よりだよ」

「…お、お久しぶりです、正真さん」



 二人の後ろにいたのは、こうなった世界ではほとんど見かけなくなった、黒のスーツに身を纏った男性。


 年齢的にはそろそろ50に差し掛かるくらいのはずだが、その姿だけ見れば30代だと言われても違和感がない。



男性の名は、霞ヶ丘正真。桜先輩の父親であり、『混沌の一日』以前、霞ヶ丘グループのトップ、社長として日本経済を牽引し、教科書にその名が刻まれる日も遠くはないと言われていたほどの人物だ。



「ところで、娘が見たことのないような愛らしい顔をしているのだが、心当たりは?」

「……」



 …ああ、やっぱり治ってないんだな。この人の病的なレベルでの過保護っぷりは。


 三年前ならともかく、もう結婚を考えてもおかしくない歳だと思うんだが…この調子だと、そんな話は出ていなさそうだ。こんな世界じゃ、そんな余裕はないのかもしれないが。



 因みに、間違っても「お父さん」と呼んではいけない。もしそう呼んでしまった日には、ありとあらゆる手段で社会的に俺を殺そうとしてくる。



「お久しぶりです、天崎さん。まさか本当に生きているとは…」

「…菊川さん、ですか?」

「ええ、そうですよ?どうかいたしました?」



 正真さんとは一度しか会ったことが無いが、菊川さんは良く桜先輩の送迎に来ていたので、多少面識はあるし、話したこともある。あるのだが…。



「…俺の記憶違いでなければ、俺と大して変わらない身長だったと思うんですが」

「あはは、私も驚いていますよ。まさかこの歳でもう一度成長期を迎えるとは」



 成長期て。頭一つ分くらい成長してるから、あながち間違いじゃないのかもしれないけど。



「…で、ここに来たってことは、会議は?」

「終わったわよ、森での一件もしっかり報告したわ」

「『黒』の魔獣…たかがゴブリン一匹が、一つの防衛都市を壊滅の危機にまで追いやるとは。正直信じられん」

「もし元々強力な魔獣が黒化した場合、今の我々の戦力ではどうにもならない可能性もありますね…」

「ああ、早急に対策を練らねばならん」



 後でシルヴィアとリーゼの二人とは、話した情報の擦り合わせをしないとな。何を隠したのか把握しておかないと、俺がボロを出してしまう可能性がある。



「…初めまして、霞ヶ丘桜よ。そこのスーツの人の娘で、英夢君とは以前同じ学校に通っていたの」

「シルヴィア・アイゼンハイドです。お会いできて光栄です」

「アイリーゼ・ラルクウッド、よろしく」

「シルヴィアさん…あなたが英夢君を助けてくれた人ね?御礼を言わせてほしいわ」

「い、いえ…見つけたのは本当に偶々ですし、助けられたのはむしろ私の方ですから」



 桜先輩は自己紹介を済ませた後、シルヴィアに向かって丁寧に頭を下げる。そんな先輩に、シルヴィアは珍しく恐縮してしまっているみたいだ。


 いつもは気丈なシルヴィアがあんな反応をするの、なんか意外だな。



「さて、自己紹介は済んだな──英夢君、一ついいかな」

「──!?…はい、なんでしょうか」



 先ほど感じた威圧感とは違う、俺と同種の威圧感。正真さんは『威圧』を発動しながら、俺に対して内心を写さずに笑顔を浮かべている。


 …桜先輩の話だと、正真さんの職業である【交渉人ネゴシエータ】に戦闘能力はないはずなんだが。マーティン軍の入隊試験官でもびくともしなかった俺に、『威圧』スキルを通すのか…やっぱりこの人、只者じゃないな。



「突然で悪いのだがね…君の力を見せて欲しいんだ。いや、見せて貰うよ?」





 


 

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