108.君を見つけ出すから

 それから、さらに三か月後。



「桜…本当に参加するのか?」

「お父さん、しつこい」



 私は今、全国を回るための調査団の一員として、東京から旅立とうとしている。実際に今回の調査だけで列島全体を歩くことは出来ないだろうけど、私としては近隣の都市の情報を把握できれば十分だから問題ないわ。



「私としてはお父さんの方が心配なんだけど?【交渉人ネゴシエータ】に戦闘向きのスキルはないんでしょ?」

「いざとなれば一人で逃げられるくらいには鍛えているさ、こんな世の中だしね。それに、もし未発見の都市が見つかった場合、一度帰って私を連れてきてもらうのはあまりにも効率が悪い」

「それはそうかもしれないけど…」



 そして今回の調査団には、私のお父さんも参加するらしい。年寄り扱いするわけではないけど、流石に今回の調査は荷が重いんじゃないかしら。



「私のことはいい。桜、本当に行くのか?お前は東京で役割を果たしてくれている。無理に戦地へ赴く必要はない」

「あんな書類仕事、それこそ社会経験のある人間の方がスムーズに行えるでしょ。それに、私はこうやって外に出るために、この職業を選んだの」



 私の手には、一張ひとはりの弓が握られている。先日アルスエイデン王国王都から運ばれてきた『職球ジョブスフィア』を使い、私は【弓士アーチャー】の職業に就いた。


 この職業や、それによって使えるようになったスキルという不思議な力。今までの日本、いやこの世界には無かったものだし、それを急に使えるようになるというはとても違和感があるわね。



「だが…」

「だがじゃないわよ。ただでさえ戦える人間が少ない状況なんだもの。今この街を引っ張っている人間が、個人的な感情で人選を捻じ曲げる気?」

「う……」



 …いつもは本当に頼りになるし、尊敬できる人なんだけど。私のことになるととんでもない盲目になるの、どうにかならないかしら。



「父親とは子供に対して過保護になる生物です、それは一人娘であればなおさらでしょう」

「菊川さん…」



 私達の会話に割って入った菊川さんの手には、一本の巨大な大剣が握られている。私の身長といい勝負ね。


 あのスラリとしたガタイで、あんなごつい大剣を軽々振り回すんだもの。職業というのはつくづく不思議なものだと思うわ。



「お嬢様のことは私が全力でお守りしますので、どうかご安心ください」

「頼んだぞ菊川、もし桜の身に何かあったら即クビだからな!」

「雇用形態なんてとっくに崩壊してるでしょ…」



 してないとしたら4か月無給で働いてるけど、菊川さん。





♢ ♢ ♢




「正面の人員は一番手厚くすること、左右は5人程度で展開して攻撃の機会を窺ってください!」

「「「了解!!」」」



 周辺の情報を入手している道中で、私達はゴブリンの集団に遭遇した。こんな大人数になっても襲ってくるなんて。恐れ知らずなのか、私達が舐められているのか…多分両方ね。




「落ち着いた行動を!無力だったあの時とは違います!私達は、戦う力を手に入れたのですから!」

「「「おおお!!!」」」



 若干怖気づいている集団を勇気づけるため、菊川さんは先頭に立ち、巨大な大剣を正道に構える。随分サマになっているけど、あんな大剣の扱い、どこで習得したのかしら。



「GUGYAGUGYA!!」

「GYAGYAGYA!!」

「──ハッ!!」



 こちらを侮る視線を送るゴブリン達を、菊川さんはその大剣をフェンシングの剣を扱っているかのように片手で握り、二匹纏めて串刺しにする。



「──菊川に続け!!」

「「「おおーーーーー!!」」」



 お父さんのその掛け声を皮切りに、戦闘員達は一斉にゴブリン達に襲い掛かる。まだ動きは無駄だけだし、隙だらけかもしれない。だけど、そんな未熟さは数で補えばいい。



「さて、私も仕事しないと、ね!!」

「GUGYA!?」



 この距離では絶対に外さない自信があるけど、目の前に矢が降ってきたら怖いでしょうから、外側のゴブリンを相手しましょうか。



(『俯瞰視』…!)



『俯瞰視』

 自身の視力を大幅に向上させ、上空に視界を移す。



 スキルの説明がとても分かりづらかったけど、要は自分の体から見る視点とは別に、私の頭上からの視点が見えるというスキルね。本当に視界が二つの視点に別れたかのように見えるけど、これどういう原理なのかしら。



「…ま、今はどうでもいいか」



 最初は違和感しかなかったけど、今では何となく使いこなせるようになってきた。一瞬だけこのスキルを使用して一旦全体の状況を把握し、狙えそうなゴブリンを探す。



「GUGYA!!GUGYA!!」

(あれが良いわね)



 私が狙いを定めたのは、外側から石を投げつけている一匹のゴブリン。他の人達も先に討伐しようとしているけど、他のゴブリンに邪魔されているみたい。リーダー的存在なのかしら。



「ここからじゃ見えないか…」



 ゴブリンは私と正反対の方向にいるから、ここからだとその姿は確認できない。



「でも、弓は真っすぐ飛ばすだけじゃないのよね」



 私は矢を番え、目標のゴブリン…ではなく、上空に狙いを定める。



「……ここッ!」



 放たれた矢は上空を飛び立ち、戦闘地を通過して──



「…GUGYA!?」

「よしっ!狙い通り!」



 『俯瞰視』でゴブリンへの命中を確認した私は、小さくガッツポーズをする。私が放った矢は、へと命中した。これで少なくとも、しばらくあいつは行動できないはず。



「でも、油断はできないわね」



 手負いの獣が一番恐ろしいってよく聞くし。確実に、止めを刺しましょう。


 相手は魔獣、情けはかけない。中途半端に情を見せれば、たちまち立場は逆転してしまう。私はまだ、死ぬつもりはない。



(…待っていなさい、生きていなさい、英夢君。必ず見つけ出すから)



 止めの第二射を放ちながら、私は小さく呟いた。



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