107.地獄を生き抜いて

「これとこれはA班に、こっちの3つの資料はC班に回して。それと、B班には資料不足で確認作業が滞っているって伝えて貰える?」

「分かりました」



 後に『混沌の一日』と呼ばれる日から約一か月、私達は自衛隊の人達に救助されて、東京の巨大避難地に居住していた。



 途中で菊川さんとも合流することが出来て、今は周辺の怪物…魔獣の生態情報なんかをまとめる役割を担っている。



「分かりましたが…お嬢様、少しお休みになってください。昨日から働き詰めでしょう?」

「自分の体調くらい把握してるわよ、今整理してる分が終わったら仮眠をとるわ」



 悔しいけど、今の私には戦う力はない。だからせめて、書類仕事だけでも手伝うようにしている。こんなことなら、弓道じゃなくて剣道を学んでおくべきだったわ。



 届いた資料を見る限りだと、自衛隊の方もとっくに物資は尽きているみたい。そろそろ食糧の確保手段にも見当をつけていかないと、避難所内で醜い争いが始まってしまうことになる。


 それだけは絶対に阻止しないと、今は人同士で争いあっている場合じゃない。力を合わせないと、この地獄を生き残ることはできないわ。



「もしこれが世界全体で起きている出来事なら、外からの救援はまず期待できない。何か打開策を講じる必要がある…」

「ごもっともな意見ですが、それを考えるのはお嬢様の役目ではないでしょう」

「菊川さん…伝言の方は?」

「既に伝えてきましたよ?」

「……」



 いつの間に…無理をしているのは一体どちらなのかしら。



「はい、こちらがB班からの追加資料になります」

「ありがとう」

「それと、これは小耳に挟んだ情報なのですが…他国、いえ、異国との接触に成功したそうです。今の所、友好的な関係を構築できているとも」

「ほんと!?」



 今の私達にとって、突如列島に出現した別の世界の国々、その人達の交流は最重要課題。彼らの国には豊富な物資や設備、何より魔獣達に対抗する術がある。



 彼らから物資を、そして技術を提供してもらわなければ、私達に明日はない。



「朗報であることには違いないですが…交渉は難航するでしょうね。私達が彼らに提供できるものは、あまりにも少ない」

「そうね…うまくやってくれると良いんだけど」



 住民達の反乱があり、この都市の上層部は『混沌の一日』から一新されている。そしてその上層部の一員であり、異国との交渉に臨んでいるのは…



「こればかりは、お父様の手腕にかかっている。という所ですか」

「…ま、問題ないでしょ。あの人なら」



 そう、霞ヶ丘グループのトップであり、私の父親。こんな状況でもちゃっかり自分の地位を押し上げるなんて、本当に抜け目のない人ね…そのお陰で私は比較的楽な立ち位置にいるから、あまり文句は言えないのだけど。



「この膨大な書類を処理するのが楽なものですか。はい、一度休憩にしましょう!」



 私の机の前には、視界が塞がれる程の資料が転がっている…確かに、あまり根を詰め過ぎてもかえって遅くなるわね。



「そうさせてもらうわ…おっと」

「大丈夫ですか?」

「ええ、こっちはもう処理済みだから…」



 立ち上がった途端、資料の山の一角が崩れてしまった。慌てて資料を片付けている間に、教科書くらいの厚さにまで膨れ上がった一つの紙束が目に留まる。その資料にはたくさんの人の名前が書かれ、所々の名前には傍線が引かれている。



「……」

「お嬢様…?」

「ねぇ、菊川さん。の情報は、まだ見つからないの?」



 この資料は、この都市の生存者が網羅されたリスト。生き残った人達の情報、そしてここに行き着くことが出来ず亡くなってしまった人達の情報が、全てこの紙束に記録されている。



「…ええ。今の所、安否は確認出来ていません」

「……そう」



 そしてこの紙束の中に、英夢君の情報は刻まれていない。私もそれとなくいろんな人達に聞いて回ったけど、情報は皆無だった。学校で出会った剣道部の彼も、結局英夢君に会うことは出来なかったみたい。


 青いメッシュなんて珍しい髪色をしているし、この付近にいればまず間違いなく情報は入ってくると思うのだけど…。



「…あの日から一か月が経ち、この避難所にやってくる生存者の数も日に日に減少しています」

「………」

「忘れろ、とは言いません。ですが、そういう結末があるという覚悟は決めておくべきです」

「…分かっているわ」



 だけど、何故だか分からないけど、彼が死ぬ姿を想像できない。


 こんな地獄の中でも、彼なら生き残っているんじゃないか、そのうちひょっこりここにやってくるんじゃないという根拠のない予想が、私の中にはある。



(…ダメね、待つっていうのは私の性分じゃないわ。やっぱり…)

「お嬢様…、やはりお疲れなのでは」

「え?…ああ、大丈夫よ」



 考え込んで手が止まってしまっていたけど、まだ崩壊した資料の山を片付け終わってなかったわ。



(やっぱり、私から会いに行くべきよね)



 私はこの時、密かに決意を固めた。

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