106.思わぬ再会 後編
俺と入学前に一度会ったことがある?「一度」ということは、中学の先輩とかそういうわけではなさそうだ。俺と先輩じゃ校区が違ったはずだし。
「ま、その話はまた今度しましょ。それで今は、あの二人とパーティーを組んでるの?」
「…ええ、まだ二か月も経ってないですけどね」
なんだか少し強引に話を切られた気がするが、今更知ったところで何かが変わるわけでもない。
「シルヴィアさんとアイリーゼさんだっけ…二人ともこの土地の人?」
「リーゼは違います。顔は隠していましたけど、ダークエルフなので」
「…へぇ!他種族の人達とも若干交流はあるけど、ダークエルフの知り合いはいないわ」
「閉鎖的な環境で暮らしていますからね」
俺とシルヴィアは普通に(ひと悶着はあったが)里を訪れることが出来たが、それはリーゼがいたからに他ならない。
もし二人で里に向かえば、結界の効力で里を認識することなく素通りしてしまっていただろう。実際、俺に関しては物理的に拒絶を示されたし。
「良くそんな子と知り合えたわね。愛称で呼んでる辺り、結構仲良いみたいだし」
「そこはまぁ、成り行きで。それに、ダークエルフみんなが引き籠り体質ってわけでもないですから」
そう、種族によって偏りがあっても、全員がその傾向に当てはまるわけではない。
「ふーん…その言い方だと、他にも知り合いがいるみたいね?」
「…さて、どうでしょうか」
鋭いな、先輩。いや、俺が油断しすぎたか。
「俺の話はもういいでしょう、先輩のことも教えてくださいよ」
「…まぁいいわ。後でリーゼさんに直接聞きましょう」
水を一口飲んだ先輩は、軽く口元を拭い、口を開く。
…一々動作が様になっているんだよなぁ。
「そうね…どこから話しましょうか」
♢ ♢ ♢
──side Sakura──
三年前。
大きな地震、いや地殻変動が起こり、近隣の住民はみんな霞ヶ丘高校へと避難するために動いたわ。
──だけどその高校は、もう避難所としての機能を失っていた。
「逃げるわよ!!」
「でも、どこへ逃げれば…」
「そんなの誰にも分からないわ!!とにかく、あの化物から逃げるの!」
体育館の窓を突き破ってきたのは、緑色の怪物。よくある読み物なんかでは、ゴブリンと呼ばれる架空の生物。
大抵ゴブリンは、どの作品でも雑魚扱いされる噛ませ犬のような存在。だけど非力な私達にとっては、こちらに敵意と凶器を持っている時点で十分脅威な存在。
「GUGYAGUGYA!!」
「ひぃ!!」
「……!!」
現に今、一人の生徒が恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。私は咄嗟に助けようと足を反転させる。だけど…
(今私が助けに入って、何になるというの?)
あそこにこれから出来る死体に、私の死体が一つ増えるだけ。私は今から起こるであろう悲劇から、思わず目を逸らす。
「GUGYAA…」
「──させない!」
生徒と緑の怪物、ゴブリンとの間に割って入って棍棒を受け止めたのは、同じく一人の生徒。手には竹刀が握られている。
「…早く逃げてください。こいつは僕が相手します」
「あ、ああ…」
その様子にあっけに取られていた生徒だが、その言葉を聞くと正気を取り戻したかのように慌てて立ち上がり、その場から逃げ出した。
「…そこの先輩も、早く逃げた方が良いと思いますよ」
「ええ、そうするつもりよ…だけど、あなたはどうするの?」
「僕は……」
次の瞬間、その生徒は手を軽く捻ったかと思うと、ゴブリンの首から宙を舞った。
(嘘、全然見えなかった…)
目の前で起こった衝撃の光景に、私は目を見開く。
「親友を待とうと思います。アイツ、家族もいないんで、すぐにここに来ると思ってたんですが…」
「…思い出した、あなた剣道部の主将ね?英夢君と仲がいい」
英夢君から話だけは聞いていたけど、まさかここまでの凄腕だったなんて…。
「…英夢を知っているんですか?」
「ええ、私の可愛い後輩よ」
「…なるほど、弓道部の主将さんでしたか」
「元、だけどね」
現主将は彼だから。
「なら丁度良いわ、彼に会ったら、連絡するように伝えて貰える?」
「分かりました」
本当は、一緒に避難した方が良いんだと思う。だけど、彼の目に逃げるという選択肢は映っていなかった。今は諭す時間が惜しいし、彼なら少なくともゴブリン程度は相手にならないはず。
「引き際は見誤らないこと、良いわね?」
「了解です。先輩も気を付けて」
「ええ」
その言葉を最後に、私は後ろを向く。どこへ逃げればいいかなんて分からない。だけど、とにかく遠くへ逃げなくちゃ。
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