103.生き残った都市
「…こりゃとんでもないな」
「ええ。リーゼ、大丈夫?」
「…ん。あとどのくらい?」
「もうちょいだ」
街にやってきた商人達が露店を開いていることもあり、いつもと比べても賑わい方が尋常ではない。移動が困難になっているレベルだ。
「ねぇ、エイム」
「どうした?」
「私の気のせいじゃなければ、この外から来ている人達、日本人ばかりなのだと思うのだけど…」
「…確かに、気付かなかったな」
マーティンは元々シルヴィア達の世界にあった街、当然ながらここに住む人達は『混沌の一日』以前からここに住んでいた住人が多く、日本人はどちらかと言えば少数派だ。
だが今この通りをにぎわせている人達は、シルヴィアの言う通り日本人ばかり。マーティンでは中々見ることのない光景なんだよな。
「日本の都市からやってきたのか?」
「そう考えるのが自然ね。どこの都市なのかしら…」
「ま、これだけ大規模な部隊なんだ、軍絡みなことは間違いない。本部に辿りつきゃ、なんかしら分かるだろ」
「早く着きたい…ちょっと気持ち悪くなってきた。エイム、『威圧』で人をどかして」
「おいおい…」
シルヴィアとこの群衆について考察していると、人混みに慣れていないリーゼが色々な意味で危ない状態になってきた。別に迷惑行為をしているわけでもない人間に、スキルを使えるわけがないだろ。
「ほら、着いたぞ」
「…危なかった」
やっと思いで本部に辿り着く、この辺りはいつも通りだな。時間的に任務終わりの人達がいるから混んではいるが、それでもましな方だ。
「さっさと用件を終わらせて帰ろう。流石に疲れた」
「ん」
そろそろ太陽がその姿を隠し始める時間帯、キーペのお陰で楽だったとはいえ、それでも長時間の移動で疲労が溜まっていることには変わりない。
「窓口は…流石に閉まっているか」
「しばらく街を空けると行ったのは私達だからね。向こうで時間をかけたとはいえ、それでも予定より一週間くらい早く帰ってこれたし」
地方開拓軍の受付は閉まっていた。現状部隊は俺達二人だけだから、俺達が街を空けるとそもそも窓口を開ける必要が無い。
仕方がないので、周辺開拓軍の方に並ぶ。こっち側に並ぶのも久しぶりな気がするな。そもそも本部に顔を出すことが久々なんだから当たり前か。
列に並んでいると、その途中で声を掛けられる。
「これとこれは向こうに…あ、英夢さん達!」
「ん…?今誰かに呼ばれた気が…」
「多分あの人だと思うよ」
リーゼが指差す方向に顔を向けると、そこにいたのは…
「あ、由美子さん」
「帰って来てたんですね、用事はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、何とか解決しました」
「それは何よりです…あら、あなたは?」
「ども」
「新しいパーティーメンバー…の、予定です」
念のため、リーゼはフードを被っている。アルスエイデン王国の住人のことはよく分からないが、日本人が見れば珍しがって余計な注目を浴びるかもしれないからな。
「新しいパーティーメンバー…また随分と訳アリそうな方ですね?」
「まるで私達が訳アリみたいな発言ね?」
「いえいえ、そうは言っていませんよ…門番さんから話は?」
「聞いています」
「それなら一旦こちらへ、すぐに準備しますので」
「分かりました」
俺達は列を抜け、地方開拓軍の窓口へと向かう。この面倒な列を省略できるのは本当にありがたい。最近はもう慣れたとはいえ、俺もこういった列に並ぶのは苦手だ。
窓口の扉が開かれ、そこから再び由美子さんが顔を出す。
「よいしょっと。それで門番さんに伝えた件ですが、現在この拠点に、東京からの大部隊が滞在していることはご存知ですか?」
「…東京!?」
思わず声が上ずってしまった、崩壊せずに残っていたのか。人は多かったが、あそこはそこまで防衛に優れた場所ではなかったと思うんだけどな。
「…こういう言い方はあれですけど、あそこの人間は良くも悪くも日本を担う人達が多く在住していましたから。それはもうありとあらゆる防衛力を注ぎ込んでいましたよ」
「…なるほど」
大分ぼかして言っているが、言いたいことは何となくわかった。まだそういった人間が街を統括しているとしたら…まぁ、住みたくはないな。
「それで、その東京からの部隊と私達に、何の関係があるの?」
「今回部隊が編成された理由は、例の黒ゴブリンについての調査のためなんです。それで直接黒ゴブリンと戦闘し、討伐を果たしたお二人にも話を伺いたいとのことで」
「ああ、そういうこと」
黒ゴブリンか…そういえば、あのグリゴールが残した黒の魔獣についての報告、総司令にも話した方が良いか…だが里の場所を伝えるわけにはいかないから、伝える情報は慎重に選ばないとな。
「今日はもう面会は難しいでしょうから…皆さん、明日のご予定は?」
「特にない…よな?」
「ん」「ええ」
「なら、正午からの報告会に出席してもらえますか?私の方から話は通しておきますので」
「了解です」
「それと、アイリーゼさんは身分確認証を提出してもらえますか?パーティー登録をいたしますので」
「分かった」
由美子さんによると、部隊が異なる登録であることと、地方開拓軍の事情が事情なため、この場で登録完了とはいかないらしい。まぁ予想通りだ。
「はい、確かに…随分真新しいですね」
「エイムと同期だよ」
「なるほど、お二人とはその繋がりで?」
「そんなとこ」
「とりあえず、仮で登録だけ行っておきます。報告会の話をする次いでに、総司令に伝えておきますね」
「何から何まですいません」
由美子さんには色々と融通を効かせてもらっているので、本当に頭が上がらない。
「いえいえ、これでも新人受付の時よりは楽なものなので。それではまた明日、こちらの窓口にいらしてください」
「分かりました」
本部を出ると、外は暗くなり始めている。俺は固まった体を伸ばすように大きく伸びをして、二人に話しかける。
「とりあえず話は明日だな。帰るか」
「ええ、そう…」「待って」
帰路に進もうとした俺達を、リーゼが呼び止める。一体なんだ?
「どうした、何かあるのか?」
「ん。最悪後日でも良いけど…」
「服、買いたい」
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