幕間.十王の暗躍

──???──



「つつ……痛ってぇなぁ」



 辺りは常闇に包まれ、台地は死に、人を寄せ付けぬその地帯。その場所に鎮座している禍々しい漆黒の城に、一体の異形の悪魔──グリゴールが降り立った。



「──ん?グリゴールか。計画の方は完了したのか?」

「失敗だよ失敗。ちと邪魔が入ってな」

「ほう?」



 瞬間、空気が一変する。



 城の中から現れたのは、一体の白衣に身を包んだ悪魔。悪魔は凄まじいスピードでグリゴールに肉薄し、グリゴールの首筋にナイフを突き立てる。



「私がアレに、どれだけの労力と時間を割いたか、忘れたわけではないだろうな?」

「分かってるさ。ちゃんと理由も説明するから、とりあえずその物騒なもんを仕舞いやがれ」

「例えどんな説明をされようと…む?」



 尚も納得のいく様子はない悪魔。だが右目の傷に気が付き、何かを察したのかナイフを仕舞った。



「納得の行く理由なんだろうな?」

「勿論だぜ。とにかく一旦中に入らせろ、話すことが多いからよ」

「…仕方あるまい。入れ」



 悪魔はしぶしぶ、本当にしぶしぶといった様子で、グリゴールを城の中へと案内する。グリゴールはその態度を気にした様子もなく、自宅に入るかのように自然体で中へと入ってく。



 コツコツ、と城内を歩く二体の悪魔。その通路には何の装飾も施されておらず、非常に無機質。所々に飾られている絵画も、骸骨・生首・死体と、趣味の悪いものばかり描かれている。



「…ここでいいだろう。その瞳も治療するといい」

「おいおい、こんなもん寝りゃ治るっての」

「本当にそうだといいがな」

「……?」



 意味深な言い方に、引っかかりを憶えるグリゴール。だが気にする必要もないと判断したのか、宣言通り治療は行わず、ソファに腰掛けた。



「相変わらず、趣味の悪い城だぜ。こんな所にいちゃ気が狂っちまう」

「まるで人族のような思考だな。元々気など狂っているだろうに」

「はっは!ちげぇねぇ!」

「…で、何があった?」



 悪魔は部屋に置いてあったモノクルをかけ、羊皮紙を取り出す。



「じゃ、説明するぜ──」



 グリゴールはそれから、エイム達との戦闘とダラビエトレントの顛末を説明していく。



「なるほど…【精霊術師ソーサラー】のダークエルフに、超速の人族の女、そして黒髪の【銃士ガンナー】…なのか?」

「いや、あれは【銃士ガンナー】じゃねぇ」

「私もそう思う。【銃士ガンナー】には精神に干渉するスキルなどなかったはず。わざわざ銃を使う理由は分からないが、恐らく【暗黒魔術師ダーク・マジシャン】あたりだろうな。その傷からしても」

「…さっきから意味深なセリフを吐いてやがるが、この傷に何かあるのか?」



 苦虫を潰したような表情になりながらも、白衣の悪魔はガリガリと筆を滑らせ、手元の羊皮紙へと報告を纏めていく。


 グリゴールはそんな悪魔に向かって、意味深な発言への疑問を投げかけた。



「僅かではあるが、その傷から死の魔力を感じる」

「…何?闇じゃなくてか?」

「ああ。恐らく、銃に自身の魔力を付与させていたんだろう。その若さで死の魔力を扱えるとはな」

「マジかよ…」

「分かったら早く治療しろ。俺達悪魔には影響ないはずだが、それでも放置すればどうなるか分からん」

「ちっ」



 グリゴールは不機嫌そうに立ち上がり、右目の治療を始める。その治療方法は、人間が行うものとそう変わりない。



「それにしても…人族、それも黒髪の青年か」

「あん?何かあるのか?」

「前に実験したゴブリンは覚えてるか?」

「ちょっと待て…ああ、思い出した。あの一時的にしか黒になれなかった半端者だろ?」

「ああ、そうだ」



 治療を終えたグリゴールは、再びドサリとソファに腰掛ける。



「その黒ゴブリンなんだがな…先日、人族に討伐されたらしい」

「ほう?半端者だが、あいつは雑魚じゃなかったけどな。他のゴブリンも従えてたし」

「ああ。それも、たった二人での討伐だったそうだ」

「へぇ…ん?人族が二人?」

「気付いたか。確証はないが、その人族二人がお前を邪魔したのではないかと思ってな」

「ありえるな。あいつらなら十分やれるはずだ」



 グリゴールは、トレントの頂上での戦闘を思い出す。


 エイムは言わずもがな、シルヴィアの自身の速度を生かしたサポート、そして一人で魔獣の大群を相手にしたあの胆力。


 活躍の場面こそなかったものの、彼女のこともしっかりとグリゴールの脳裏に焼き付いていた。



「二度も我々を邪魔するとは…偶然であると思いたいものだな」

「ああ。もし次会うことになれば…その時は、確実に殺す」



 グリゴールの体から、エイム達と相対したとき以上の威圧感が放たれる。小型の魔獣であれば、今の姿を一度視界に入れただけで絶命してしまうだろう。



「その覇気は会った時までとっておけ。今お前がやるべきことは、これだ」



 白衣の悪魔はそんなグリゴールを宥めながら、一つの紙束を投げつける。



「ん?…またこれか」

「そう愚痴を溢すな。お前が返ってくる頃には、この計画も終盤。いよいよあそこに乗り込むことになる」

「マジか!それなら早速行ってくるぜ」



 紙の内容を流し読みし、すぐに立ち上がるグリゴール。その雑さに嘆息する白衣の悪魔だが、いつものことと諦めているようだ。



「次は失敗するなよ。お前の失敗が、それだけ計画の遅れに直結するからな」

「わーってるよ。あの黒髪も楽しみだが…この大物だけは逃がせねぇからな」





勇者ブレイヴ…どんな怪物なのか、今から楽しみで仕方ないぜ」

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