99.黒ずくめの少女


「ここは…」



 気が付くと、俺は里長の自宅とは別の場所にいた。あたり一帯には何も存在せず、おまけにかなり暗い。何故彼方が見渡せるのか分からないほどだ。


 今まで見てきたものとは若干異なるが、この景色には見覚えがある。



「精神世界、か」



 恐らく、俺自身の精神世界。『精神浸食マインド・エクリプス』では自分の精神世界に入り込むことが出来ないので、これが初めて見る自分の世界ということになる。



(随分暗いな…ま、それもそうか)



 俺の精神状態を表しているなら、この暗さにも納得だ。むしろ暗くなければおかしい。



「ふむ…入ったのは良いが、どうやって出ればいいんだ?これ」



 通常、『精神浸食マインド・エクリプス』は任意で解除が可能だ。だが今この状況は、俺がスキルを使って入り込んだわけではない。



(というか、俺、どうやって入ったんだ)



 そう思った俺は、自分の直前の行動を思い出す。



「朝起きて、鍛錬して、リーゼに呼ばれて。その後に朝食を摂った。それから報酬の話があって…思い出した」



 魔石だ。ダラビエトレントの魔石からラルに魔力を吸収しようとして、異変が起きた。


 通常はラルのみに注がれるはずのオーラが、俺の体を包み込むまでにその勢力を広げ、視界が埋め尽くされ、そして気が付くとこの場所にいたんだ。



「となると、ダラビエトレントの精神世界って可能性も…いや、ないか」



 魔獣にだって意思は存在するから、精神世界も存在する。それは『精神浸食マインド・エクリプス』を使って確認済みだ。


 だが、死者の精神世界に入り込むことは不可能。少なくとも『精神浸食マインド・エクリプス』では。もしかしたらそれが可能なスキルもあるのかもしれないが、魔石に精神が封じ込められているというのは少し考えずらい。



「ま、俺の精神世界だと一旦仮定して…どうするか」



 リーゼの時と異なり、すぐに脱出する必要はない。だが、このままここに居続けるのもそれはそれで問題だ。


 俺の体を形作っているのは俺の魔力のはず。これが無くなれば、俺の精神はこの世界に閉じ込められることになる。俺が俺の世界に閉じ込められるっていう状況、わけわかんないけど。



「何考えてるのー?」

「!?」



 聞き慣れない声が背後から聞こえた瞬間、俺は大きく跳躍して、そこから距離を取る。


 ここは俺の精神世界。であれば、ここにいるのは俺一人のはず。なのに何故…



「む~、その反応はひどくない?ようやく会えたのにさ」

「……誰だ?」



 そこにいたのは、黒髪の小さな少女、身に着けている真っ黒なコートは恐らく普通の丈なんだろうが、幼過ぎる体格のせいで最早ロングコートだ。袖も余りまくっているし、どう見ても大人用だろそれ。


 見た目は10歳程度の女の子。だが彼女の纏う雰囲気が、その印象が偽りであることを教えている。そもそも人間なのか…?



「初対面なのに、化物扱いは失礼じゃないかな?」

「…別にそこまでは思ってないし、読心術を扱える子供はどう考えても普通じゃないだろ」

「あはは、それはそうかもしれないね!」



 こうやって話しているうちは、本当に普通の女の子って感じなんだけどな…。



「うーん、まだ思い付かない?」

「何がだ?」

「私が、誰なのかっていうこと!いや、なのかって言った方が正しいかな?」



 誰じゃなくて何?つまり、目の前の存在は人ではないということか?



「…いくつか質問しても?」

「いいよー!」

「俺は、お前の名前を知ってるか?」

「うん!絶対知ってるはず」



 名前を知っていて、人ではないと。



「俺はお前と、以前に出会ったことがあるのか?」

「うん。出会ったことがあるどころか、ずっと一緒にいたんだけどなー」



 名前を知ってるなら当たり前か、余計な質問だったかもしれない…それにしても、「ずっと一緒にいた」か。


 俺の中で心当たりが出てきたが…まだ決めつけるには早い。



「最初に会ったのは、いつだ?」

「んー、三年くらい前じゃない?」

「…なるほどな」



 三年前と言えば、俺がカミラの迷宮に閉じ込められた時期と丁度重なる。そしてその時からずっと一緒にいたとなれば、自然と答えに近づく。


 それでも、まだ。だがそれもこの状況に至った経緯を考えれば、その二択も簡単に絞り込むことが出来る。



「ようやくたどり着いたみたいだね」

「ああ──初めまして、というべきかな、ラル」



「せいかーい!うーん、もうちょっと早く気付いて欲しかったんだけどなー」

「無茶を言わないでくれ、自分の武器が子供になってるなんて、誰が想像できんだよ」



 むしろ褒めて欲しい、質問もそこそこいい線いってたな。



「フェスカはいないのか?」

「どこかにはいると思うよ。でもあの子、人見知りだし、それに…」

「それに?」

「この場所でエイムのこと、色々覗いちゃってるからね。どんな顔すればいいか分かんないんだと思う」

「…なるほど」



 ラルと会話してる限り、少なくとも性格は見た目相応。ラルは快活な性格をしてるが、引っ込み思案な子があれを見れば、そりゃ委縮しちまうよな。



「ま、この機会が最初で最後ってわけでもないだろうし、そのうち会ってくれると思うよー」

「そうか…そういえば、俺は何故この場所に?」



 目の前の女の子の正体は分かったが、何故ここにいるか、そしてどうやって脱出すればいいか、という疑問はまだ晴れていない。



「あ、そうだ!エイムに会うのが楽しみすぎて忘れてたよ」

「おい…」

「今回エイムを呼んだのは私だよ。エイムにあることを伝えたくて、ダラビエトレントの魔力をちょびっと使って、ここに呼んだの!」

「そんなこともできるのかよ…」



 使ってる限り、そんな万能な武器じゃないんだけどな。むしろクセが強い。



「で、その伝えたいことってのは?」

「それはねー?」





「私の能力、『纏身』についてだよ!」

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