98.漆黒の水晶と大樹の魔石

 俺達の目の前に姿を現した、漆黒に輝くその個体。ゴツゴツとしたその見た目は、金属というより、水晶という方がしっくりくる人が多いかもしれない。



「そういえば、元はと言えばそれ目当てで来たんだったな」

「…私は覚えていたわよ」

「嘘つけ」



 絶対に今の今まで忘れてただろ。



「量はこのくらいでよかったかの?」

「はい、十分すぎるほどです」



 シャドウミスリルは、机の大半を占有してしまっているほどのサイズだ。鍛冶に関しては完全に素人だが、これで足りないということはないと思う。



「作製済みの剣も用意出来るよ、本当に原石で良いの?」

「ええ、折角貴重な素材で作るんだもの。自分用に色々調整したいから」



 ここで採れる金属なのだから、ここにいる職人の方がうまく扱えると思う。恐らく俺達が願えば、鍛冶職人も紹介してもらえるだろう。


 だがシルヴィアは、その選択をしなかった。それだけマーティンの職人を信頼しているんだろうな。交友が狭いシルヴィアにしては珍しい。



「ならば里を出る際に、しっかりと運べる形で渡そう。このままでは持ち運ぶのに苦労するじゃろうからな」

「助かります」



 確かに、あれをそのまま持ち運ぶのは面倒だ。ゴツゴツした部分とか痛そうだし。



「それと、エイムよ」

「??」



 突然名前を呼ばれ、俺は困惑する。これで報酬の件は全部のはずだし、特にこれといった用件も思い浮かばない。



「今回の追加報酬、というわけではないが、似たようなものじゃな。お主には、これを託したい」

「…これは?」



 シャドウミスリルをしまい込み、かわりに出てきたのは、人の顔くらいのサイズを持つ巨大な魔石。大体あの黒ゴブリンと同じくらいのサイズだ。



「ダラビエトレントの魔石じゃ。中々に苦労したが、なんとか回収できた」



 それはそうだろう。あいつの死体はほとんど地中に埋まっていたからな。



「何故自分にこれを?これだけのサイズの魔石、使い道がないということはないのでしょう?」



 大は小を兼ねる、魔石の場合、特にこの傾向が顕著だ。大きくて困るという場面はほとんど存在しない。



「その通りじゃが、別に魔石が不足しているわけでもない。それに、リーゼがな」

「リーゼが?」

「ん…私がというより、精霊がなんだけど。エイムに使わせた方が良いって」

「…へぇ」



 あの笑い声が不気味なあいつらがか。微妙にあいつらのことは信用しきれていないが…、「使わせた方がいい」という言い方に、少し引っかかりを感じる。



「そういうことなら、ありがたく貰っておきます。折角だし、この場で使わせてもらおうかな」

「む?何か使用用途があるのか?」

「ええ。恐らく精霊は、それに気付いていたというか、知っていたんだと思います」

「もしかして、リーゼがトレントを討伐するときに大量に魔石を集めさせたのは…」

「それとは別ですね。詳しくは話せませんけど、あの方法に使うなら、むしろこの魔石は不向きですね」



 魔獣の死体、正確に言えばその魔石から魔力を吸収し、自らの魔力とする【デス・狂乱マッドネス】。


 だがあれは基本的に戦闘中に使用しなければならないものであり、このサイズの魔石を持ち運ぶのは流石に面倒だ。精霊が推奨しているのも、こちらの方法ではないと思う。



「今から実演します。別に暴れたりしないので、身構えないでくださいね」



 一応銃を抜くことになるので、予めそれを伝えてから、ラルをホルスターから引き抜く。そして反対の手で、ダラビエトレントの魔石にそっと触れる。



「「!!」」

「相変わらず、綺麗な光景ね」



 そこにいる全員が見守るなか、魔石から姿を現したオーラは宙を舞う。魔石が大きいこともあり、そのオーラはより鮮明に、そしてより大きく、まるで小さなオーロラのようだ。


 俺はわずかな違和感も見逃さないよう、ラルとオーラを注視し続ける。オーラはラルに纏わりつくように動き、そのままラルに吸収されていく。



「ん…?」

「なんか、前と違くない?」

「ああ」



 オーラがラルに吸収されていくのはいつも通りだが、それが一向に終わる気配がない。


 ラルの許容量を超えたのかとも思ったが、恐らくそれはないはず。カミラの迷宮で、これより大きい魔石を使ったこともあったが、それでも許容量を超えることはなかった。というより、未だにコイツの底は見えていない。



 オーラはそのまま消えることなく、俺の腕にまで到達し、徐々に俺の体を浸食し始めた。



「…大丈夫なの?」

「こんなことは俺も初めてだが…不思議と危険は感じない、多分大丈夫だと思う」

「ん、精霊も特に騒ぎ立ててない。少なくとも危険はないよ」



 心配になったのか、シルヴィアが声をかけてきた。俺はそれに答えるが、既に俺の視界はオーラに埋め尽くされ、ほとんど何も見えていない。



 俺の視界を、虹色の光が埋め尽くす───。



 

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