97.宴の翌朝
『
目の前から放たれた漆黒の弾丸を、最小限の動きで躱しグリゴールに肉薄、その後ラルの引き金を引くが、ヤツは片腕を犠牲にすることでそれを迎撃。
俺はその動きを先読みし、背後に回って大きく跳躍───
「…だめだ。シルヴィアならともかく、俺の速度じゃすぐに対応される」
宴の翌日、いつも通りまだ周囲が静まり返っている時間に起床した俺は、グリゴールを仮想敵とした訓練に励んでいた。
(やっぱり、もし単独であいつに遭遇したら、今の俺じゃ逃げることしかできない)
俺の基本スタイルである超接近戦闘、大柄なグリゴールに対してはかなり優位に立ち回れるはずなのだが、それを生かして立ち回ったとしても、あいつにはあと一歩届かない。
その原因は、俺の決め手不足。
ラルやフェスカが役不足というわけではない。こいつらは普通の魔獣相手であれば、小細工なしに正面からぶち込むだけで体ごと吹き飛ばせるような威力を持っている。
だがグリゴール相手なら、精々腕の一本を持っていくのが関の山だろう。あいつはそれだけの耐久力を持っている。
「対応策も、あるにはあるが…」
それはフェスカに過剰な魔力を充填したあの一撃。だがこれも、充填に時間がかかるためグリゴールには対応されてしまう。いくら超高速で射出されるとは言っても、予め予想していれば避けることは不可能ではないだろう。
あんな化物がこの世にうじゃうじゃいるとは思わない。だがグリゴールは、自らを「十王の一席」と名乗った。
もしグリゴールと同レベルの化物があと9人いると想定した場合、何も対抗策を講じずにいられるほど、俺は楽観的な人間じゃない。
「つっても、名案は浮かんでこないんだよな…」
新技を編み出すというのは、無から有を生み出すに等しい。【
「…先輩?待てよ」
「何呟いているの?」
「ん?ああ、リーゼ」
考え事に集中していたせいか、リーゼの接近に気付かなかった。投げられたタオルを受け取り、汗を拭う。
「おはようさん、今日は早いな」
「ん、昨日は飲み過ぎた。頭が痛い」
「ははっ、それはご愁傷様だな」
ちなみに俺は大丈夫だった、まぁそこまで飲んだわけでもないしな。
「朝ごはんができたから呼んで来いって、父さんが」
「ああ、もうそんな時間だったのか。わざわざ悪いな」
いつもはそこそこの時間で切り上げるんだが、どうやら今日は熱が入り過ぎていたらしい。
「…いつもこんな時間から動いてるの?」
「んー、深い睡眠ってやつが取れなくてな。何もせずにいるというのも、意外と苦痛だし」
眠れるときにしっかりと眠る、軽視されがちな能力ではあるが、長期間の任務なんかでは、それを出来るか否かの違いはパフォーマンスに大きく影響する。
それは理解しているが、迷宮での生活は油断を許さない日々が続いていたうえ、ずっと一人で行動していたこともあり、中々そういったことが出来ないのが俺の現状だ。
「睡眠は大事だよ」
「わかっちゃいるんだがな…あんまり待たせるわけにもいかないし、行こうぜ」
「……ん」
自覚があるが故に、そこを突かれると反論できない。居心地の悪さを感じた俺は、強引に軌道を修正し、リーゼ宅へと向かった。
♢ ♢ ♢
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末様です」
朝食を頂いた俺達は、食後のお茶を飲みながらしばし休憩の時間を過ごす。
今日はどうしようか。そろそろ図書館の本も必要なものは読み終わったし、本来の目的だった巨大樹の処理も完了した。
厳密にいえば陥没した地面の整地なんかも任務のうちに入るかもしれないが、それは俺達がやるよりも、里の人達が行う方がスムーズにことが進むだろう。
(あれ、ってかもうここにいる必要なくないか…?)
「二人は、いつまで里に滞在する予定なのじゃ?」
まるで俺の思考を読み取ったかのように、里長が質問してきた。シルヴィアじゃあるまいし、流石に偶然だと思う。
「そう、ですね。まだエイムとは相談してなかったんですが」
「俺はいつでも大丈夫だぞ」
「…なら、明日か明後日には。あまり家を空けるわけにもいきませんから」
そう、俺達には帰るべき家がある。俺はともかく、シルヴィアにとってはかつての相棒との思い出が詰まった大切な場所だ。
「あら、ほんと?寂しくなるわねぇ」
「すいません、事前に話しておくべきでした」
「いいのよ。いつの間にか二人がいるのが普通になっていたけど、元々あの巨大樹をなんとかしてもらうっていうお願いだったものね」
それは俺も同感だ、いつの間にかこの場所に帰るのが、当然かのようになりかけていた。それほどまでに、ここでの生活は心地が良かったということなんだろう。
「…そういうことなら、ちょっと待っておいてくれ」
シルヴィアの答えを聞いた里長は、席を立ち、奥へと消えて行ってしまった。
「まだ何かあったか?」
「いいえ、ない…わよね?」
「ん、依頼は全部完了。だからこそだよ」
「「?」」
俺達二人が頭にハテナマークを浮かべながら待っていると、里長は大きな包みを持って戻ってきた。
「…それは?」
「どうせ人のいいお前さん達のことじゃ、すっかり忘れておるのじゃろうが…」
里長をその言葉と共に包みから布を外す。そこから姿を現したのは…
「これが依頼報酬の、シャドウミスリルじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます