96.宴
「はぁ……はぁ…」
「何とか間に合ったわね…」
「ん、危なかったね」
「なんでお前はそんな余裕そうなんだ…」
リーゼからダラビエトレントの倒木の話を聞き、大慌てでその場を離れた俺達三人は、最早転がり落ちているかのようなスピードで大樹の内部を駆け下り、なんとか間一髪で脱出することに成功した。
あたり一面には土煙が立ち込めており、倒木の凄まじさを今もなお如実に表している。あまりの重量に地面が沈んでいるから、倒木というよりは地面が陥没したと表現する方が正しいかもな。
「無事じゃったか…!」
「おお!良かった!」
しばらくその場で座り込んでいると、村の住人達がこちらに駆け寄ってきた。その中には里長の姿もあり、何故か一部の住民達は、体の所々が汚れている。
「ははっ…俺達はトレントの根元で爆発する役回りだったんだが、用意した火薬の量が想像以上でな。爆発で飛び散った土を思いっきり被っちまった」
「ああ、なるほど」
「まぁ、今まで太陽の光にすら当たることが出来なかった森の木々のことを想えば、これくらいはどうってことないけどな」
そういった男の顔は確かに土で汚れているが、いつもより晴れやかに笑っている。そしてそれはこの男だけではなく、村人全員が同じ気持ちのようだ。
「結局森を無傷で解決とはいかなかったが、森が完全に死んでしまったわけではない。そこに自然がある限り、森は生き続ける」
「俺達もいるしな。これからみんなで協力して、元の姿に戻していくさ」
(強いな、ここの人達は…)
ダラビエトレントは死んだようだが、それでも森の被害は小さくない。周囲の木々は全滅しているし、爆発の影響で傷ついた木も多そうだ。それでも、ダークエルフ達は、森との共存を選んでいる。
勿論、外への恐怖心というのも、その選択の一因ではあるだろう。だが、リーゼのように外へ出ることへの恐怖心が薄いものもいるし、恐らくは全くない人だっていると思う。
だがそれでも、この森に住み続ける理由。それはやっぱり、この森を誰よりも愛しているってことなんじゃないかと、俺は思う。
「今宵は宴じゃ!!皆の衆!里に帰るぞ!!」
「「「おう!!!」」」
♢ ♢ ♢
「エイム!飲んでるか?」
「ああ、もう嫌ってくらいにはな」
ここはダラビエトレントが鎮座していた跡地、里の住人はその地に火を焚き、みなそれぞれで騒ぎ、踊り、酒を飲んでいる。
何故この場所を選んだのかというと、ダレビエトレントを、そして死んでしまった木々を弔うという意味があるらしい。
森の中じゃ火を起こすのは色々と準備がいるし、広くなってしまったこの場所は丁度良かったようだ。
「そうか、それと…」
「ん?なんだ?」
「最初はすまなかった。里を助けに来てくれたのに、あんな態度を取っちまって」
宴の最中、俺とシルヴィアはまるで英雄かのように祭り上げられ、色々な人達から感謝の御礼を告げられた。一番の功労者はリーゼなんだけどな。
だがその甲斐あって、里の人達と交流を深め合うことが出来たのは幸運だった。邂逅が波乱の展開だったこともあって、話す機会がほとんどなかったし。
「それは仕方ないだろ。状況が状況だったし、神経質になるのも分かる」
「それでもだよ…にしても、なんで結界が反応したのかねぇ」
はじめにこちらに対して高圧的な態度を取ってきた青年とも、今では御覧の通り和解を果たし、普通に話せるようになっている。
「それに関しちゃほんとに分からん。里に不幸を呼び込む者を感知する結界…だっけか」
「ああ、実際は不幸どころか救世主だったわけだが」
「やめろ恥ずかしい。図書館でもそれらしいものを漁ってみたが、今の所収穫はないな」
「へぇ…ま、分かったら教えてくれよ」
「おう」
(さて、ちょっと風に当たってくるか…)
里の人達との交流も一段落したので、酔い覚ましを兼ねて宴の場を離れることにした。別に酔ってはいないと思うが、まだベロベロに酔った経験がないから念のためな。
「場所は…あそこでいいか」
俺が向かったのは、ここにきた初日に偶然辿り着いた里の広場。
後から聞いた話だが、ダラビエトレントが出現する以前、あの場所が里で唯一、一日中太陽光の当たる場所だったらしく、予想通り、里の人達にとっての憩いの場所になっていたそうだ。
まだしっかりとしている足取りでその場所に向かうと、そこには先客がいた。
「よ、リーゼ」
「ん。エイムも休憩?」
「そんなとこだ、隣いいか?」
「いいよ」
許可を貰ったので、コップを片手に座り込む。
「ここから夜空を見るの、昔から好きなんだ」
「へぇ…確かに、良い景色だ」
まるで問題解決を祝福するかのような、満天の星空。噴水の水はキラキラと煌めき、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「エイム、ありがとね」
「…里でも散々言われたな、そのセリフ」
「勿論、里を救ってくれたこともそうだけど」
「?」
リーゼは立ち上がり、空を見上げていた俺の視界に割り込んできた。
「私が言いたいのは、ダラビエトレントの頂上での話」
「ああ、そのことか…それを言うならお互い様だろ。リーゼがいなけりゃ、俺達はグリゴールに負けてたんだ」
「ううん。エイムの言葉があったから、私は今ここにいる。エイムの言葉に、私は救われたんだよ」
「……」
「だからエイム、ありがと」
月光に照らされたリーゼの笑顔を、俺は一生忘れることはないと思う。
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