93.里での一週間

 それから一週間の間、里は忙しく動いていた。


 里に戻り事情を報告、そこから里の人々総出で魔術行使のための準備を始めた。俺達も多少は手伝ったが、里の機密情報に触れてしまうような内容の準備も多く、かなりの時間の暇を貰った。


 勿論、その時間をダラダラと過ごしていたわけではない。



「今日も来たんですか?熱心ですねぇ」

「まぁ、これ以外にやることも特にありませんし。俺にとっては二度とない機会ですからね」



 里長に許可を貰い、俺は図書館に入り浸る生活を過ごしていた。本当は体も動かしておきたかったが、リーゼから



「なるべく魔力を浪費しないで欲しい」



 と言われてしまったので、怠惰な日々が続いている。ま、軽く運動はしてるけどな。ラルは弾の補給が難しいし、フェスカは魔力を消費してしまうので訓練は少々難しい。別に次の日になれば魔力は回復するから、多分大丈夫だとは思うけどな。釘を刺されたので、一応大人しくしている。



(ふむふむ……)



 とはいえ、ダークエルフの資料を閲覧できる機会なんて、人生で二度とないだろう。流石に全ての書物を閲覧する許可は貰えなかったが、それでも読み切れないほどの量の書物、知識の宝庫が、目の前には広がっている。


 里の人々は殆ど出払っている状態のため、ここにいるのは資料庫の管理人と俺の二人だけだ。そう思うと、一人この場所でゆっくりとしているのは、ちょっと申し訳ない気持ちになるな。どうしようもないけど。



「お?」



 次の資料を探して中をぶらぶらと歩いていると、気になるタイトルの本が見つかった。



『勇者の冒険』



 俺にとって、無関係とはいえない絵本。たしか児童向けの絵本のはずだが、こんな場所に保管されているのか。一応広く流通しているとはいえ他国の書物だし、閉鎖的な環境であるダークエルフの里では、案外貴重品だったりするのかもしれない。



「……」



 無性にその絵本に引き寄せられた俺は、『勇者の冒険』を手に取る。マーティンに戻ってから読めばいいとは自分でも思うが、気になってしょうがなかった。



『昔々、世界を支配しようと企む悪の魔王がいました──』



 読み始めは本当に何の捻りもない、王道の話。世界を脅かす魔王を、勇者が仲間を集いながら討伐に向かう話。これ以上コメントすることもないし、はっきり言って何の面白みもない。



 だがシルヴィアの話だと、この物語の異質な所はここから。



 魔王を倒したところで終わり、とはならない。そこから現れたのは、死神。勿論俺のような普通の人間ではなく、ドロドロとした如何にも化物といった姿が、そこには描かれている。



(これは俺ではないな、うん)



 勇者達は果敢に死神に挑むが、死神はその力で勇者達を圧倒し、パーティーは瞬く間に壊滅。勇者自身も瀕死に追いやられてしまう。なんだかこう見ると、魔王が雑魚キャラのような扱いを受けているように感じる。


 だが当然、物語はこのままバッドエンドとはいかない。勇者は最後の力を振り絞り、神に向かって祈りを捧げる。自分が瀕死の状態で、そんなことに最後の時間を懸けるなんて俺なら絶対にしないが、



(……絵本に突っ込むのは大人げないな、やめておこう)



 そして神はその祈りに応え、現世に顕現、この一番大きく描かれているのが、恐らく絶対神エールスだろう。かなり抽象的にぼかされて描かれているが、なんとなく神々しさは感じられる。


 エールスは他の神々を従え、死神と衝突。流石にその力には抗えず、死神はそのまま消滅。だが、勇者は既に息絶えていた。


『敗北し、死してなお【勇者】であり続けた彼を称え、王国の前には初代王の銅像の隣に彼の銅像が建造された。勇者は今もあそこから、民を見守っているのかもしれない』



「ふぅ、絵本にしては体力の使う話だったな……ん?」



 読み終わったと思って本を閉じかけたが、まだ一文残っていた。



『十王が敗れしとき、反逆の死神は牙を剥く』



 そういえばシルヴィアが、最後に記されているって言ってたな……なんだこれ、違和感という言葉すら生温い。まず文脈的にこの位置にこの文を置くのはおかしいし、今まで絵本らしい優しめな口調のナレーションからこの変化は異質すぎる。まるで、この一文を無理やり足したみたいな感じだ。


 人によってハッピーエンドかバッドエンドか意見の分かれる話だったが、この一文まで含めるなら明らかにバッドエンドだ。



「エイムさーん、あ、いたいた!」

「ん?どうしました?」



 この違和感に納得のいく回答を出せずにいると、管理人のダークエルフが声をかけてきた。



「リーゼから呼び出しがありました」

「了解です。準備が整った、ってことですかね?」

「多分そうだと思いますよ……あ、その本、懐かしいですねぇ」



 どうやらこの人も読んだことがあるらしい。丁度いい、ちょっと聞いてみよう。



「この本、なんか文末だけ違和感ありません?」

「んー?あー確かに、子供の頃は何とも思いませんでしたが、今見ると文章構成めちゃくちゃですねぇ。何だかあとから付け足したみたいな……」

「やっぱりそう思います?」

「ええ」



 やっぱ俺だけじゃないよな、この違和感。



「……と、こんな話してる場合じゃないですね、どこに行けばいいですか?」

「入り口で待っていますよ、シルヴィアさんもいます」

「分かりました」

「あ、本はそのままにしておいてください、自分が戻しておきますから」

「ありがとうございます」



 本を読んで感じた僅かな違和感は、目の前の仕事に搔き消えてしまった。そしてこの違和感の答えが見つかるのは、随分先になってしまうことを、この時の俺は知らない。

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