92.『黒』の正体
「ん……んぁ」
「あ、起きた」
「大丈夫?」
目を開けると、目の前に映る光景は、こちらを覗き込むシルヴィアとリーゼの顔、一体どうし──
「──!?あいつはどうなった!?」
「……それだけ声を張れるなら大丈夫そうね」
「わ、悪い。それで、あいつは?」
ひとまず、全滅してここは天国です、なんてことはなさそうだが……。
「逃げたわよ」
「逃げた?」
「ええ。エイムの最後の一撃が右目に命中して、それが相当堪えている様子だったわ」
「……そうか」
最後の力を振り絞ったかいがあったな。気を失ってまで戦闘したのは、一体いつぶりだろうか。
「俺は、どのくらい眠ってた?」
「ざっと一時間くらいかしら、まだあまり動かない方が良いわよ。魔力は回復してないでしょうから」
「あれから魔獣が襲ってくる様子はないし、ここなら安全」
あの悪魔の一声でここに大量の魔獣を呼んでいたし、不可能ということはなさそうだが……もしかしたら、この樹にとってもあれだけの魔獣を呼びだすのは、無茶な行為だったのかもな。
「つっても、まだこいつ、ダラビエトレントだっけ?この樹を何とかしないといけないだろ?」
「それも大丈夫……エイムが寝てる間に、色々調べた」
そう言ってリーゼは、懐から大量の紙を取り出した。随分ぼろいというか、あまり目にしないタイプの質感だな。
「あの悪魔、グリゴールっていう名前らしいけど、あいつの座ってた場所に散乱してた。ダラビエトレントの生態とか、ここまで巨大化させるための方法が書かれてる」
「へぇ…見てもいいか?」
「ん」
紙を渡してくれたので、内容をざっと流し読みしてみる。
これ、あの悪魔が書いたわけじゃなさそうだな。にしては字が綺麗すぎるし、所々に追加されてる字と違いすぎる。多分このメモ書きみたいなやつがあいつの字だろう。
まずはダラビエトレントの生態から、基本的にはあいつが途中で話していた内容が、事細かに書かれているくらいだ。どうやら呼び出せる魔獣の種類は個体差があるらしく、何らかの共通点があるらしい。恐らくこの個体の共通点は、「群れを形成する魔獣」だろうな。
そして魔獣の巨大化についてだが……この内容に俺は目を見開く。
「おいおい……」
「ま、そうなるわよね」
「衝撃」
『研究結果報告』
魔獣に過剰なレベルの闇を纏った魔力を送り込むことにより、魔獣が巨大化、さらに戦闘力の面に関しても、個体によっては通常個体の数十倍まで上昇することが分かった。
殆どの魔獣はその魔力に耐えきれず死滅してしまうが、そこに耐えきる事のできた個体は、体が黒く変色、また知能を持ち、言葉を話すケースも発見した。魔力を流す期間を緩やかに、長時間かけて流すと死滅する個体が減る傾向が見られたが、サンプル不足のため要検証。
(……)
この文章を呼んで、まず始めに思い浮かぶのは、あの黒ゴブリン。今まで自然発生した類似の個体が発見されていないことから考えて、十中八九この研究の過程で生まれた個体と見て間違いないだろう。
つまりこのダラビエトレントも、もし俺達が来ずにずっと放置されていたら……そう思うと、薄ら寒いものがあるな。たかがゴブリンでも、あれだけの強敵まで進化したんだ。もし『魔獣を生み出す』なんてとんでもない生態を持つこいつが、そこまで行き着いてしまったら、まずこの森はもたないだろうし、下手をすれば日本列島全体が危ない自体にまで、発展していたかもしれない。
(……なるほどな)
このダラビエトレントがこの研究の対象になっているのなら、この空間は闇の魔力で満たされている状態のはず。そんな状態なら、精霊が闇に染まっても何らおかしくはない。
そしてそんな闇に染まった精霊を操るリーゼも、恐らくは闇に染まりつつあったのだろう。だから、グリゴールはリーゼに攻撃をしかけて魔力を吸収し、研究のために使用するつもりだったのだと思う。
「……それで?こいつを何とかするには、どうすればいいんだ?」
「基本的にはトレントと対処法は同じ。燃やすか腐らすか」
「燃やすのは論外だな……となると、腐らせる方か」
可能かどうかはおいといて、この大木を燃やすのなら間違いなくどこかに飛び火して森全体が燃える。だが腐らせる、か……。
「何か手はあるのか?」
「ん…今までの私なら無理だったけど、今なら使えそうな魔術がある。でも、すぐには無理、圧倒的に魔力が足りない。それにこのサイズとなると、色々と準備も必要になると思う」
「そうか……どれくらいかかりそうだ?」
「んー、多分一週間くらい?」
「結構かかるな。大丈夫そうか?」
「ええ。そのくらいなら想定の範囲内よ、問題ないわ」
まぁ、キーペのお陰で日程には大分余裕が出来てるし、大丈夫か。
「一旦里に戻って、準備をお願いしないと」
「できる範囲で、俺達も手伝うぜ」
「依頼内容的に、まだ完了はしてないしね」
「ん、ありがとう……それじゃ、もうちょい休んで帰る?」
「ああ」「ええ、そうしましょう」
俺の魔力回復がある程度済んだタイミングで、俺達は帰路へと進む。戦闘の結果は悔しいものに終わってしまったものの、本来の目的はそっちじゃない。俺は悔しさを胸に押し込み、気持ちを切り替えながらダラビエトレントを下っていくのだった。
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