91.現れた十王

 今までにない量の魔力を込められたフェスカの金色の一撃は、凄まじい轟音をあげ、地面をごっそりと削りながら悪魔へと向かっていく。その一撃はさながら、



「ドラゴンブレス……」



 そう呟いたのは一体だれか。少なくとも俺じゃないのは確か。凄まじい反動を相殺するのに精一杯で、言葉を発する余裕がない。



「うおおおおおおおお!!!!」

「うらあああああああ!!!!」



 俺と悪魔、両者が絶叫する。あいつなら躱すのは簡単だろうが、奴は正面から受ける。そう思ったからこそ、こんな狙いもクソもない一撃を放った。



「くたばれぇぇぇぇ!!」

「『暗黒式電磁砲ダークネス・ボルテッカー』!!」



 金色の閃光と黒い閃光、二つの閃光が衝突する。ぶつかった力の奔流は広間全体を包みこみ、この空間が真っ白に染まる。



「くっ……」

「リーゼ!大丈夫そう!?」

「ん」



 その凄まじい衝撃に、魔獣の死体は跡形もなく消し飛び、その場に立っていることさえ難しい。だが、ここで折れるわけにはいかない。



「「うおおおおおおお!!!!」」



 力と力のぶつかり合い、お互いの閃光が姿を消したあとも、辺りには煙が立ち込めていて、視野が非常に悪い。



「………」

「ど、どうなったの?」

「分からない」



 ここからだと奴の姿は確認できない。もう完全に魔力は空。もうスキルを使うどころか、意識を保つことさえ難しい。朦朧とした意識のなか、無限にも等しい時間を過ごしながら、煙が晴れるのを待つ。



(頼む、これで終わってくれ…!)





「ふぅ……流石に危なかったな」

「……嘘でしょ!?」



 無傷ではない。だが、ボロボロになりながらも、悪魔は確かにそこに立っていた。

そして俺は──奴の背後に立っていた。



「な!?」

「文字通り全身全霊だ……受け取りやがれ!!」



 ドゥパァン!!



 その引き金を引くと同時に、俺は意識を手放した──。





♢ ♢ ♢




「く、ハハっ、ハハハハハっ!!今のは効いたぜぇ……、やりゃあできるじゃねぇか」

「……」

「もっと俺を楽しませてくれよ!!……と、言いたい所なんだが」



 悪魔は一旦言葉を区切った後、エイムの最後の弾丸が命中した右目を気にしながら、再び口を開く。



「いくら俺でも、この状態で二人を相手取るのはちときついな。ここまで育てたダラビエトレントを手放すのは惜しいが……ま、仕方ねぇ」

「……逃げる気?」

「ハッハッハ!!一人欠けてる状態でも挑発か、その精神、嫌いじゃない」



 悪魔は翼をはためかせ、宙へと飛び立つ。



「ここまで楽しませてくれた礼に、俺の名前を教えてやろう…俺の名はグリゴール、十王の一席、雷王グリゴールだ!!」



 悪魔、グリゴールはそう言い放ち、空高く飛び上がって、そのまま姿を消した。



「雷王、あいつが、物語に出てくる十王のうちの一体だっていうの?」

「……あいつの話が本当かどうかは確かめようがない。だけど、あの力なら真実だったとしても、何ら不思議はないと思う」

「……そうね。悔しいけど、完全に遊ばれていたわ」

「うん……それより今は、エイムを」

「そうだわ、エイム!!」



 二人は急いで英夢の元へと駆け寄る。



「どう?」

「……大丈夫、息はあるわ。だけど、魔力の枯渇が著しいわね」

「そっか、ならしばらく安静にしておいた方が良さそうかな?」

「ええ、あんまり起きないようなら私が運ぶけど……」



 それはないだろう、とシルヴィアは予測していた。あのカミラの迷宮で三年間も生き延びた男が、そこまで長時間意識を手放すとは、シルヴィアには思えなかった。



「エイムは大丈夫そうだし、ここの中を調べてみましょう。ダラビエトレントを何とかする方法が分かるかもしれないわ」

「ん」



 二人は手分けして、この巨大樹を討伐するための手がかりを探していく。無言で調査を進めていく中で、二人の胸の中は、自分に対しての無力さで満たされていた。



(また、助けられた……)



 シルヴィアは最近、自分が英夢に頼っていることを自覚していた。それ自体が悪いわけではない、逆に英夢がシルヴィアを頼ることもある。だがこういった極限の場面では、一方的に頼る場面が多かった。



(今回、エイムがいなかったら)



 リーゼはもし今回英夢以外の人間に協力を依頼した場合を想像し、恐怖した。グリゴールからの精神攻撃から脱却できず、そのまま魔獣の大群に蹂躙される。あの大群を退けたのはリーゼだが、英夢の言葉がなければ、それは不可能だった。


 グリゴールは二人を相手取るのは厳しいとこの場を去っていったが、実際の所、本当にあの悪魔を二人でなんとかできたかは分からない。それが二人の、共通の認識だった。



((強く、ならないと))



 二人は事実上の敗北を実感し、そして新たな決意を固めるのだった。



 



 

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