89.たとえ闇に染まっても

「一体どういう状況だ?」

「私に聞かないでほしい……そもそもここがどこなのかすら分からない」

「ああ、そっか」



 リーゼからすれば、気が付いたらここにいたような感覚だろう。自分の精神世界に入る事なんてそうそうないしな。かくいう俺も、自分の精神世界に入った経験はない。とりあえず鎖をぐいぐい引っ張ってみるが、ピクリとも動くような感覚はない。これは俺一人でどうにかできるものじゃなさそうだ。



「……何してるの?」

「とりあえずこの鎖、なんとか解けたりしないかなーと。外が色々まずいんだよ、魔獣がわんさか湧いてて、俺とシルヴィアじゃどうしようもない」

「……私でもどうしようもないよ」

「ん?」



 どういうことだ?



「もしかして、対多数戦闘は厳しいか?」

「そうじゃない、今の私には精霊魔術が使えない。だから戻っても、エイムとシルヴィの期待には応えられない」

「……」

「……二人だけじゃないか。里のみんなの期待も、父さんの期待も。全部に応えられなくなっちゃった」



 今まで当たり前のように使っていた自分の力が、突如として使えなくなる。そのショックは、多分凄まじいものだと思う。



「ねぇエイム」

「……?」

「私、どうしたらいいのかな。精霊魔術が使えない私は、一体何をしていけばいいの?」



 ……これは重症だな、完全に自分を見失っている。

 だけど、それを解決するために、俺はここに来た。



「それは俺が決めることじゃない……だけど、そもそもそれを結論付けるのは早計だと思うんだよな」

「……どういうこと?」

「リーゼは、本当に精霊魔術を使えなくなったのか?」



 俺の問いかけに、リーゼは若干怒りを含んだ表情でそれに答える。



「エイムも見てたでしょ?私の使った精霊魔術は、最初はエイムを標的にして、次は私に牙を剥いた。もう精霊は、私の言葉に耳を貸してくれなくなっちゃんだよ」

「それは違うだろ」

「……え?」

「もしそうなら、魔術の発動がそもそもできなくなるはずだ。それができるということは、狙いがずれただけで、まだリーゼの声は精霊に届いてるってことだろ」



 そう、あくまで標準がずれただけ。魔術自体は狙い通りの魔術が発動していた。



「それに、精霊ってこいつらのことだろ?」

「……ん」

「俺は初めて見るから比較はできないが……そんなに悪い奴には見えないぜ?ちょっと鳴き声はきもいけど」

「KYAHAHAHA」



 うん、やっぱり鳴き声は微妙に不気味だ、それは否定のしようがない。だがそこまで敵対的な存在なら、俺をリーゼの元まで導いてくれるようなことはしなかったと思う。こいつらがリーゼのことを気にかけているのは、間違いない。



「でも、実際に魔術の狙いは違ったよ?」

「そりゃそうだろ、誰だってはじめはうまくいかないもんだ」

「……何言ってるの?私は」

「分かってるよ、何歳の時に【精霊術師ソーサラー】についたのかは知らないが、まぁ数十年は経ってるんだろうな。だけどさ」



 一呼吸おいて、俺は言葉を続ける。



「闇に侵された精霊に力を借りての魔術は、初めてだったんじゃないか?」

「……!」

「闇に侵された精霊が、使用者に対して牙を剥く。それは文献での話だ。リーゼの場合どうなるかは分からない。闇に染まっていても、案外普通に手伝ってくれるかもしれないぜ?」

「そんなこと……」

「一回試してみろよ、それで無理ならまた別案を考える」



 俺のやや強引な説得に、リーゼは不満顔を浮かべながらも口と目を閉じる。多分、嫌々ながらも、精霊とのコミュニケーションを図っているんだろう。


 リーゼの表情は不満顔から、様々な顔へと移り変わっていく、怒り、悲しみ、喜び。こうやって注視してみると。



「リーゼも意外と表情豊かだな」

「……意外は余計」

「お」



 しばらくその場で待っていると、リーゼはやがて目を開いた。



「どうだった?」

「力を貸してほしいって言ったら、ヤダって言われた」

「……え」

「でも、多分大丈夫。闇に侵されて、ツンデレになった」

「なんだそりゃ」



 ってか、ダークエルフにもツンデレなんて言葉は広がってるんだな。



「コミュニケーションって難しいね。態度や言葉だけじゃない、しっかり本質を見抜けないと、どこかでずれが発生する」

「ああそうだ……そのずれが時にとんでもない事態まで発展しちまうこともある。今回は、大丈夫そうか?」

「ん!……っと言いたいところだけど」



 まだ何かあるのか?問題は解決したと思うんだが。



「……この鎖から抜け出さないと、多分私は現実に戻れない」

「まぁ、そりゃそうだろうな。でも今なら使えるだろ?精霊魔術」



 この世界はリーゼの精神世界、例え他者に縛り付けられたとしても、その事実は変わらない。割り込んだ俺にはある程度制限があるが、リーゼのスキルはここでも問題なく発動できるはず。



「魔力が足りない、多分あの悪魔に吸われてる」

「……マジか。余計なことをしやがる」



 俺でもやりようはあるが、多分リーゼ諸共吹き飛ばしちまうんだよな……。



「策はある……ちょっと近づいて」

「ん?こうか?」

「もっと」



 同じようなやり取りを何回か繰り返し、俺の視界はリーゼの顔で埋まる。



「これで良いのか?」

「ん。先に謝っとく、ごめんね」

「……!?」



 なんだか既視感のある言葉が耳に入った途端、俺は──唇を塞がれた。



「ん……」


(なるほどな……)



 俺の体が透き通っていくような感覚がある。精神世界で俺の体を構成してるのは、俺の魔力。つまり、リーゼは俺の魔力を吸収してるんだろう。



「ごちそうさま」

「……謝らなくていいから、こういうのは事前に言ってくれ」

「こっちの方が、びっくりするかなって」

「おい」



 もう少し文句を言いたい所だが、魔力を吸収されて体の維持が限界のようだ。『精神浸食マインド・エクリプス』を解除しないと、俺の精神が消えてしまう。



「じゃ、向こうで待ってるからな」

「ん……あ、それと」

「?」

「私の記憶を見た件については、あとできっちり話し合わせて欲しい」

「……了解」



 うん。まぁ、覚悟はしていたよ。



 

 

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