88.精神世界

精神浸食マインド・エクリプス

 対象者の精神に侵入、記憶や思考を閲覧することができる。



「よっと……さて」



 地面はないが、何故か足をつけて歩くことができる不思議な空間に、俺は降り立つ。周りには見渡す限り何もなく、ただ虚空が広がるのみ。



「……前来たときはこんな暗くなかったんだけどな」



 といっても、このスキルを使った経験なんて片手があれば足りる程度だからこれが異常なのかどうかは分からない。使う場面が少なすぎるんだよこのスキル。


 スキル名からして精神攻撃系のスキルかと思っていたが、蓋を開ければただ相手の記憶を覗き見るだけ。もしかしたら何か別の使い道も存在しているのかもしれないが、そもそも発動のために相手と額を合わせないといけない時点で、使いどころがかなり難しい。



「急がないとな……どこにいるのやら」



 この空間は現実世界と時間軸が異なっているらしく、ここで長期間滞在していても向こうに戻った時には一瞬しか経っていなかったりする。具体的にどれだけ誤差があるのかは検証してないから分からないが、急いだ方が良いことには変わりない。あの量を一人で捌くのは、流石のシルヴィアでも厳しいはず。


 地面がないので走るのには中々恐怖感があるが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。しばらく走り続けていると、景色に変化が現れ始めた。



「KYAHAHAHAHA」

「KIHIHIHIHI」

「なんだこいつら……」



 目の前に現れたのは、不定形の黒い球体。ふわふわと宙を舞い、走り続ける俺に付き纏うような動きをしている。いや、これは……。



(俺を、どこかに連れて行こうとしてる?)



 最初は俺に付いてきているように感じていたが、何やら無意識のうちにどこかへと導かれているような気がする。



『どうだった、リーゼ?』

『【精霊術師ソーサラー】だって』

『──!?リーゼ、それは本当か?』

『ん?』



 目の前の景色が変わり、全体が映画のスクリーンのようになる。これがこの精神世界で見るリーゼの記憶。これは…リーゼの職業が決まった時か?



『よいかリーゼ、精霊というのは──』

「これは…」



 場面が移り変わる。どうやら話してるのは父親である里長、場所は……どこか家の一室だろうか。里長は神妙な表情で、まるで訴えかけるような表情でこちら、つまりリーゼに向かって話しかけている。



『非常に繊細な存在じゃ、ひとたび闇に触れれば、徐々に浸食され、その姿を暗く変えてしまう……まぁ、わしには見えないから、文献からの受け売りじゃがな』

『……』

『我々ダークエルフから【精霊術師ソーサラー】が消えた理由もそれに起因しておる。我々は生まれつき、体内にある程度闇の魔力を含んでおるからな』

『……闇に侵されると、どうなるの?』

『【精霊術師ソーサラー】であっても、精霊を扱うことが出来なくなる。ひどくなると、こちらを襲ってくることもあるらしい』



 今回の症状は完全にこれか……闇に侵された精霊。もしかして今目の前にふわふわ漂っているのが、その精霊か?確かに黒いが、そんな邪気は感じないんだが…



『闇の魔力を体内に内蔵しているものは、魔獣・人間関係なく存在する。そやつらと時を共にするだけでも、精霊は徐々に浸食されていく』

『見分ける方法はあるの?』

『そういった存在は、精霊が嫌がる傾向にある。精霊が避けるような存在には、近づかないのが吉じゃろうな』

『ん。分かった』



 ……それ、俺じゃないか?リーゼの話だと精霊は嫌がっていなかったらしいが、【死神リーパー】の体内に内蔵されている魔力がそんな清浄なものだとは思えない。勿論一番の原因はあの悪魔だと思うが、もしかしたら今回の異常事態の原因の一端は、俺にもあるかもしれない。



『何故今になってリーゼに失われた職業が表れたのか、その理由はわしにも分からん。じゃが、何か理由があるのは確か。何か大きな使命が、リーゼには課せられてしまったのかもしれん』

『……』

『……まぁ、結局はリーゼの人生じゃ。その使命に背くのもまた一つの道じゃろう。健康に生きていてくれればそれでよい』

『ん』



 優しくリーゼの頭を撫でる里長、その瞳は、間違いなく父親の目をしていた。それを最後に、その情景はすぅーっと消えていく。



「KYAHAHAHA……」

「KIHIHIHI」

「……今度はどこに連れて行こうっていうんだ?」



 あからさまに俺をどこかに導いている黒い球体。何か手がかりがあるわけでもないし、黙ってついていく。



『リーゼ!』『リーゼ……』



 その途中で流れていく情景に映るのは、里の人々がリーゼを呼ぶ声。そのどれもがリーゼに期待を込めたような声色で、表情は皆一様に明るい。



「……辛かったろうな」



 みんなからの期待、それはどこかで重圧に変わる。その期待に応え続けないと、そういった思いが、どんどん自分を追い込んでいくことになってしまう。里長はそれが分かっていたからこそ、「好きに生きろ」と言ったのだと思う。


 里長は、長という立場についたからこそ、その辛さを理解できた。だが、里の人間はそういうわけではない。リーゼの職業は汎用性が高いし、頼られる場面は多かったはず。



「KYAHAHA」

「ありがとな、助かったよ」



 こいつらに付いてき正解だったな、簡単に目的地にたどり着くことができた。景色は再び虚空に戻るが、一つだけ先ほどまではなかったものがある。



「……エイム?」

「よっ。随分やつれてるじゃねぇか」



 全身を鎖に縛られたリーゼが、そこに存在していた。






 

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